目的
遺伝資源利用研究を行うためのアクセスと利益配分の基本
アクセスと利益配分の必須事項
遺伝資源研究で用いられている基本的な用語
基本的な考え方
遺伝資源と生物資源の考え方
生物多様性条約で用いられる用語
名古屋議定書で用いられる用語
事前の情報に基づく同意(Prior Informed Consent : PIC と以下略)
相互に合意する条件(Mutual Agreed Term: MAT と以下略)
利益配分(Benefit-sharing)
遵守(Compliance)
遺伝資源に付随した伝統的知識(Genetic Resources Related Traditional Knowledge)
遺伝資源利用研究を行う研究機関のためのガイダンス(案)
学術研究機関の社会的責任と役割
研究機関の生物多様性保全宣言又は原則
研究機関の具体的な取り組み
遺伝資源利用実態の把握
遺伝資源利用原則の実施組織体制の構築
遺伝資源利用委員会の役割
研究機関内の専門家の養成
研究者への普及・啓発活動
海外留学生・研修生への教育フログラム
遺伝資源利用共同研究フロジェクトグルーフのガイダンス(案)
共同研究フロジェクトのアクセスと利益配分規制への考え方
共同研究フロジェクトのアクセスと利益配分対応組織の確立
共同研究フロジェクトの利益配分制度の考え方
共同研究フロジェクト原則の作成
すべての関係者の権利と責任を明確化する
適切な国内及び国際法、協定、その他規則の遵守
提供国の関係者との公正で衡平な交渉
適切な提供国関係者との利益配分
研究情報の秘密性と公共性のバランスを考慮
遺伝資源を研究利用する学術研究者のガイダンス
遺伝資源利用研究者が理解すべき基本的考え方
利用する遺伝資源の適用範囲・定義の考え方
利用する遺伝資源の適用範囲の実際
関連する伝統的知識の利用の際に考慮すること
遺伝資源へアクセスは提供国の法令遵守が必須
遺伝資源へのアクセスには提供国の事前の許可が必要
遺伝資源へのアクセスには提供関係者との合意が必要
生息域外の保存施設からの取得
遺伝資源へアクセスする際に考慮すること
遺伝資源の利用研究を行う際に考慮すること
利用研究の成果から得られる利益を提供国に配分しなければならない
非営利研究の成果から得られる利益とその配分の考え方と実践
研究技術・ノウハウの提供関係者への移転方法について
研究成果情報の提供と成果データへのアクセス方法
取得した遺伝資源の取り扱い
遺伝資源利用研究を促進支援するためのアクセスと利益配分ガイダンス
研究機関における研究支援組織の役割
研究機関の遺伝資源利用研究促進のための原則等作成への関与
アクセスと利益配分契約交渉に臨む心構え
遺伝資源へのアクセスに関して考慮すべき事項
遺伝資源へのアクセスには提供国の事前の許可が必須
遺伝資源へのアクセスには提供者との合意に基づく契約が必要
非営利目的の研究から営利目的の研究への転換の取り扱い
提供国以外の生息域外保存機関からの入手も同様の手続きが必要
遺伝資源非営利利用研究の成果の利益配分
遺伝資源非営利利用研究の利益とは
成果の移転のありかた
研究成果の公開
取得した標本を第三者に移転する場合の取り扱い
遺伝資源保存施設の遺伝資源の取り扱いガイダンス
生息域外保存施設の役割と活動
遺伝資源利用に関する原則の形成
遺伝資源の交換・入手
遺伝資源の利用
利用の成果の公表
契約の遵守
保存遺伝資源の貸し出しと分譲
保存施設の遺伝資源保存管理体制作り
1992年にリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)において、「気候変動枠組条約」とともに、「生物多様性条約」(以下CBD)が採択され、1993年12月に発効した。地球規模での環境保全をめざした国際的な取り組みである。生物多様性条約には三つの目的が掲げられている。この三つの目的に向かって取り組むことが加盟国の責務である。日本はいち早く生物多様性条約に加盟しているので、積極的な取り組みが行われている。日本国民は生物多様性条約を遵守し実行していかなればならない。
目的 | |
1 | 生物の多様性の保全 |
2 | その要素の持続可能な利用 |
3 | 遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分 |
生物の多様性の保全や、その要素の持続可能な利用には、基礎的な学術研究がなければ達成することは困難である。基礎知識もデータもなにもないところでは、生物多様性の保全や利用はできない。生物多様性条約の実行には学術研究が大きな役割を担っていることは間違いない。学術研究分野では、生物多様性条約ができる以前から、積極的に生物の多様性の保全や持続可能な利用のための基礎研究を長年行っており、多くの成果を上げ、社会に貢献している。
学術研究は、よりいっそう生物多様性の研究を発展させ、国際社会と協力して推進して、将来の持続可能な社会をめざして貢献していく。学術研究団体の一員である大学や研究機関は、生物資源についてのそれぞれの研究蓄積と経験の強みを生かして、生物多様性に貢献する研究成果を蓄積し、学術的な利益や知識を地域社会と共有し、よりよい地球環境を目指した取り組みを推進していくのが社会的責任である。
学術研究活動を行う中で、生物多様性条約に掲げられた三つの目的である「生物多様性の保全」、「生物資源の持続可能な利用」、「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」の達成を目指して積極的に取り組んでいく。しかしながら、学術研究では、科学発展に貢献し、それによって社会貢献することが「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」であると考えてきた。一般的に考えられている金銭的利益には違和感を持っている。さらに言えば、学術研究で用いる生物資源は「公共のもの」であるという考え方が長らく続いてきたため、生物多様性条約でいう生物資源の「主権的権利」という考え方に混乱を起こしているのが現状である。
しかし、生物多様性条約は学術研究を例外として認めていない。善良な市民である研究者は生物多様性条約を遵守する義務がある。学術研究は、なじみの薄い生物多様性条約の第三番目の目的である「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」について、合法的かつ合理的に対処することが求められている。積極的に生物資源を利用し、その成果で科学技術の発展に寄与し、社会に貢献していくためには、学術研究は生物多様性条約の規定を理解し、遵守し、対処しなければならない。
学術研究に関与している研究者本人が生物多様性条約の規定を遵守することは、多大な負担になり、本来の研究活動が阻害されることが予想される。研究者本人が個人で対処するには困難な状況になりつつあるため、研究機関組織全体が対処する必要性に迫られている。特に、名古屋議定書を日本が批准すると、資源国との対処のみならず、日本国内での対処の必要性が生じるため、ますます組織としての対処が必須となる。したがって、今後研究組織として、明確な責任体制を構築し、遺伝資源の取り扱いについて明確な戦略を明らかにし、合理的な対応を行っていかなければならない。研究組織としての対処を強化することにより、海外の研究機関との国際学術連携を深めることになり、より一層の生物多様性研究を発展させていくことが可能になると考える。その結果、生物多様性条約の目的である環境の保全に向けた取り組みが前進するものと確信される。
ここでは、生物資源を利用した学術研究の促進のため、遺伝資源へのアクセスと利益配分について、学術研究関係者のためのガイダンスを提供する。学術研究は、対象が動物、植物、微生物などにわたり、また分類学研究から薬理探索研究などの基礎研究から応用研究まで大変幅広い。また、学術研究の関係者は組織全体から、組織管理運営者、研究者本人まである。これらの多様な学術研究を一つのガイダンスでまとめることは不可能である。
本ガイダンスでは、名古屋議定書に基づく国内の制度である国内措置については触れていない。今後、日本が名古屋議定書を批准し、それに伴う国内制度を整備した段階で、遺伝資源利用に伴う日本国内での制度に対応するガイダンスを追加する予定である。本ガイダンスでは、各対象者のための基本的な考え方をまとめたものである。実際に本ガイダンスを利用するものは、対象となる課題を考慮して利用することを望む。
遺伝資源を利用する学術研究者は、生物多様性条約の規定に従い、下記の条件を守ることが必要である。下記2点が満足されないと、関連法律が施行されている提供国から非合法とみなされる可能性がある。更に、名古屋議定書の規定に従うと、利用国においても不都合な事態が起こる可能性がある。
1. 利用する遺伝資源は合法的にアクセスされていること
2. 得られた利益は公正で衡平に提供国に配分されていること
具体的な遵守の条件、方法については、提供国の法令、規則、戦略、ガイドラインなどで決められている。共通で基本的な方針はボン・ガイドラインあるいは名古屋議定書に決められている。具体的な遵守制度を定めていない国では、基本方針であるボン・ガイドラインを遵守することになる。名古屋議定書では、遺伝資源に関連する伝統的知識の取り扱いが大幅に変更されていることに注意を要する。また、生物多様性条約の確実な実施を目指して、名古屋議定書の規制が利用国内で制度として新たに導入されつつある。
提供国の考え方の違いにより、具体的実施部分は異なるが、ボン・ガイドライン及び名古屋議定書に基づく共通のアクセスと利益配分の基本部分は図1のようになる。この基本を理解した上で、遺伝資源の利用を合法的に行うことが必要である。
図1 遺伝資源利用研究を行うためのABSの基本
ABS:アクセスと利益配分
PIC:事前の情報に基づく合意
MAT:相互に合意する条件
生物多様性条約ではいくつかの重要な用語が用いられている。これらの用語の定義と範囲について正しい理解が必要である。遺伝資源へのアクセスと利益配分交渉で重要な交渉項目のひとつが、契約に用いる用語の定義・範囲であるからである。用語の定義・範囲は契約範囲を決定するため、提供者と利用者の間で一致した考え方を持つことが重要である。
しかし、生物多様性条約で定められている用語の定義・範囲は非常に簡単であり、異なった解釈が可能である。条約等で決められた用語は、解釈がそれぞれの立場で異なる場合がある。特に遺伝資源やその派生物の解釈は、提供者と利用者の利害関係にある者の間で大きく異なる可能性が高い。また生物多様性条約が発効した1993年から科学は進歩し、生物学の概念が拡大発展していることを考慮する必要がある。
対象遺伝資源の定義・範囲については、当事者間で相互に合意するしか解決の方法はない。相互に合意するまで定義・範囲について議論することになるが、その際生物多様性条約で合意されている定義・範囲に関する基本概念をお互いに正確に理解することが議論の出発点になる。
ここでは、生物多様性条約関連のフォーラムで用いられている一般的に認識されている定義・範囲について記載する。利用者としての立場を堅持しつつも、提供者の立場を理解しなければ交渉は成立しない。特に、生物学の専門家でない当事者と生物の議論をする際は、明確な生物学の基本的概念を明確に説明することが利用者としての義務であると考えられる。
遺伝資源についての定義は、生物多様性条約及び名古屋議定書の各第2条でなされている。しかし、この定義は一般化したものであり、多種多様な研究対象がどのような位置づけにあるのか、判断に迷う場合が多い。判断できない場合あるいは提供国と判断が分かれる場合、当事者間で合意が得られるまで、話し合うしか方法はない。提供国の法律の主旨を理解して判断することが求められる。
そのため、いくつかの国の法律の中で遺伝資源等の定義がどのようになされているかを調べた。多くの国は生物多様性条約の定義をそのまま援用している場合が多いが、生物資源と遺伝資源を区別せず、生物資源に統一している国も多いことを理解しなければならない。
生物多様性条約の第2条に定められている用語1の定義の内、関係があるものは下記の通りである。これは公式な見解である。提供国と交渉する場合において、基礎となる用語である。提供国はこの範囲を超えて用語を主張する場合には、この基本に戻る議論をすることが重要となる。
“Biological resources” includes genetic resources, organisms or parts thereof, populations, or any other biotic component of ecosystems with actual or potential use or value for humanity. | 「生物資源」現に利用され若しくは将来利用されることがある又は人類にとって現実の若しくは潜在的な価値を有する遺伝資源、生物又はその部分、個体群その他生態系の生物的な構成要素を含む。 |
“Country of origin of genetic resources” means the country which possesses those genetic resources in in-situ conditions | 「遺伝資源の原産国」生息域内状況において遺伝資源を有する国をいう。 |
“Country providing genetic resources” means the country supplying genetic resources collected from in-situ sources, including populations of both wild and domesticated species, or taken from ex-situ sources, which may or may not have originated in that country. | 「遺伝資源の提供国」生息域内の供給源(野生種の個体群であるか飼育種又は栽培種の個体群であるかを問わない。)から採取された遺伝資源、又は、生息域外の供給源から取り出された遺伝資源(自国が原産国であるかないかを問わない。)を提供する国をいう。 |
“Genetic material” means any material of plant, animal, microbial or other origin containing functional units of heredity. | 「遺伝素材」:遺伝の機能的な単位を有する植物、動物、微生物その他に由来する素材をいう。 |
“Genetic resources” means genetic material of actual or potential value. | 「遺伝資源」:現実の又は潜在的な価 値を有する遺伝素材をいう。 |
1 生物多様性条約第 2 条
名古屋議定書で関連する用語2は下記のように定められている。特に(c)「遺伝資源の利用」と(e)「派生物」の解釈は、さまざまに議論されているため注意が必要である。しばしば「派生物」は拡大解釈され、それが契約に反映される場合がある。提供国との交渉の場で、お互いに理解を共有し、それを契約に明記していくことが重要である。
(c) “Utilization of genetic resources” means to conduct research and development on the genetic and/or biochemical composition of genetic resources, including through the application of biotechnology as defined in Article 2 of the Convention | (c)「遺伝資源の利用」とは、遺伝資源の遺伝的又は生化学的な構成に関する研究及び開発を行うこと(条約第二条に定義するバイオテクノロジーを用いて行うものを含む。)をいう。 |
(d) “Biotechnology” as defined in Article 2 of the Convention means any technological application that uses biological systems, living organisms, or derivatives thereof, to make or modify products or processes for specific use. | (d)条約第二条に定義する「バイオテクノロジー」とは、物又は方法を特定の用途のために作り出し、又は改変するため、生物システム、生物又はその派生物を利用する応用技術をいう。 |
(e) “Derivative” means a naturally occurring biochemical compound resulting from the genetic expression or metabolism of biological or genetic resources, even if it does not contain functional units of heredity. | (e)「派生物」とは、生物資源又は遺伝資源の遺伝的な発現又は代謝の結果として生ずる生化学的化合物(遺伝の機能的な単位を有していないものを含む。)であって、天然に存在するものをいう。 |
2 名古屋議定書第2条
生物多様性条約で遺伝資源へのアクセスと利益配分で用いられている重要な用 語を列記する。これらは、2012 年にまとめられた「ABS Management Tool3」 から引用し、改変している。
Prior informed consent (PIC) is permission obtained by the user of a genetic resource from the government and other providers, as the case may be, after fully disclosing all the required information that permits access to their genetic resources, and associated traditional knowledge, under mutually agreed terms (MATs) | 事前の情報に基づく同意とは、遺伝資源利用者が、相互に合意した条件の下で、遺伝資源および付随する伝統的知識にアクセスする許可を得るために要求される情報をすべて開示した後で、提供国政府及び場合によって提供者から得る認可のことである。 |
基本的に、提供国政府はPICを要求しているので、PICは提供国政府の権威ある当局(competent national authority)から書面にて得なければならない。また、提供国の国内法に従って、適切な利害関係者からも入手する場合がある。利害関係者として、遺伝資源とそれに付随する伝統的知識の保持者、所有者、管理者、保管人である先住民や地域社会をいう場合が多い。
PICとは、アクセスと利用のそれぞれの段階で生じる公正で衡平な利益配分について約束し、遵守することを公式に宣誓するものである。社会人としての社会的責任を果たす約束であると考えられる。
PIC交渉時あるいは契約締結時に、PIC書面に記載された目的のみに遺伝資源は利用される。通常当事者間の契約交渉の後でPIC申請を行う場合が多いが、同時に行うこともできる。
以前に取得したPICやMATsから研究のタイフや範囲が異なる使用に対して、新たにPICを取ることは可能である。利益配分に関する条件の確立などを特に含む新たなPICの条件を反映した契約を提供者と協議することがまず必要となる。
生物多様性条約に従って正しく入手された遺伝資源を域外保存機関から直接あるいはいくつかの中間者を介して分譲される場合、有効な当初のPICが存在し、移転や意図した利用がそのPICと一致していることを示す書類を入手しなければならない。ただし、このことが実行可能ではない、例えば提供国がPICを要求しない場合は、明確で合理的な理由を示す必要がある。提供国がPICを必要としない場合(日本など)、実際の提供機関そのものからPICあるいはそれに代わるものを発行してもらうことになる。
3 Stratos; “ABS Management Tool”, vol. 1, I-21-I-25
Mutually agreed terms (MATs) are conditions and provisions of access and benefit-sharing, among others, negotiated between the user and the provider and involving other relevant stakeholders | 相互に合意する条件とは、利用者と提供者、その他関連する関係者の間で交渉された、アクセスと利益配分、その他の条件や規定をいう。 |
MATの交渉は、遺伝資源の提供者(保持者、所有者、管理者、保管人)と利用者の間で信頼関係と友好関係を構築できるような方法で行わなければならない。両者の長期で透明性のある敬意を払った関係と情報交換に基づいて交渉される。MATは書面で完成させる必要がある。
MATは提供者と利用者の間で誠実に交渉され、PICの条件や理解を表現したものであり、遺伝資源の保持者、所有者、管理者、保管人に利益が分配され、アクセスを促進する必要がある。
MATは、配分すべき利益について公正な交渉過程と衡平な成果を生み出すために、政府、先住民や地域社会、域外保存機関などの提供者と、利用者の間の能力とニーズの違いを考慮したほうがよい。
scientific, social, or cultural benefits resulting or arising from access to genetic resources and associated traditional knowledge under mutually agreed terms (MATs). | クセスした結果生じる、経済的、環境的、科学的、社会的、文化的な利益のことである。 |
遺伝資源とそれに関連する伝統的知識の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分は、生物多様性条約の三つの目的(表1)を達成するために行われるものである。
それには、遺伝資源への適切なアクセス、関連技術の適切な移転、遺伝資源と技術に関するあらゆる権利を考慮すること、適切な資金によって達成される。
利益はすでに有効なMATに従って配分される。ただし、利用範囲が合意したPICから異なることが予想される場合は、再度MAT交渉をすることもある。利益配分は、短期、中期、長期の非金銭的あるいは金銭的な利益を考慮し配分する必要がある。
遺伝資源の管理・運営に協力したり、学術的あるいは商用的な過程に貢献したりするなどの認められるすべてのものに公正で衡平に行うことが求められる。配分は、異なったレベルの政府機関、先住民や地域社会、遺伝資源の保持者、所有者、管理者、保管人などの関連した権利者(いわゆる提供者)と、遺伝資源の利用者(いわゆる利用者)の間で行われる。
利益は、提供者やその他の権利者の能力を育んだり強化したりするものが望ましい。特に、遺伝資源の保全と持続可能な利用に関連した研究、技術移転、訓練を含むことを考慮すべきである。
利益配分の取り決めは誠実に実行されなければならない。採取された遺伝資源の利用について、認可されたPICやお互いに合意したMAT契約の条件に理解を深め具体化を話し合い、提供者を尊重することが求められる。
national (domestic) ABS legislative, administrative, or policy measures on access to genetic resources and traditional knowledge associated with genetic resources. Similarly, compliance means meeting the requirements of national (domestic) laws and administrative or policy measures of the country in which genetic resources and associated traditional knowledge are utilized. In both cases, compliance also means meeting the requirements and obligations documented in MAT. | 尊守とは、提供国国内の、遺伝資源と関連する伝統的知識へのアクセスに関連する ABS 法令、行政上措置、あるいは戦略上の手段によって定められた、要件や義務に適合することを意味する。同様に、遺伝資源と関連する伝統的知識を利用する、利用国内の ABS 法令、行政上措置、あるいは戦略上の手段によって定められた、要件や義務に適合することも意味する。アクセスと利用の場合、遵守は相互に合意する条件に定められている要件や義務に適合することも意味している。 |
法的な制度が整っている国では、利用者は、利用予定の遺伝資源を提供者および関連する政府機関に公開しなければならない。その公開の条件には、提供国内のABS法制を遵守することを保証する手段、遵守できない場合の協力の方法、その国の裁判所へアクセス方法、当事国以外の国の仲裁機関の確認を含んでいることが望ましい。
利用者と提供者が臨機応変にかつ書面で対応しなければならないのは、提供国のABS法制度の非遵守とMATやPICのあらゆる違反への対応である。存在する非遵守の状況を速やかに解決し救済することに誠実に対応しなければならない。
PIC、MAT、提供国法規制などへの遵守状況、遺伝資源とそれに関連する伝統的知識の利用状況に関するあらゆる情報は、提供国や必要ならば利用国の適切なチェックポイントに公開する必要がある。国際的に認められている遵守の証明書も公開する。もし、公式のチェックポイントがない場合、出版、研究発表等に可能な範囲でかつケースバイケースに応じて公開する。
Traditional knowledge, innovations, and practices is the context of knowledge resulting from intellectual activity in a traditional context and includes the know-how, skills, innovations, practices and learning that form part of traditional knowledge systems, and knowledge embodying traditional lifestyles of indigenous and local communities, or contained in codified knowledge systems passed between generations | 伝統的知識は、イノベーション、習慣とは、伝統的な知的活動の結果として生じた知識分野である。それらは、伝統的知識の一部を構成し、先住民や地域社会の伝統的生活習慣を表現し、あるいは、成文化され世代の間で受け継がれている知識システムに含まれる、ノウハウ、技能、イノベーション、慣習や、学習を含んでいる。 |
伝統的知識の保護は、それが存在する国の法制度、政策、慣習によって大きく異なるので、伝統的知識を利用する場合は関連する国の権威ある当局に相談することが最も重要である。
遺伝資源の収集者やその他の利用者は、遺伝資源に関連した伝統的知識の正当性について敬意を払わなくてはならない。伝統的知識の収集と利用は、伝統的知識の正当性、意味、価値に影響を及ぼさないで、かつ伝統的知識の保持者の権利を中傷しない、脅かさない、過小化させないような方法でおこなわなければならない。
伝統的知識にアクセスし利用する時には、公正で合理的な努力をもって、遺伝資源に関連した伝統的知識を保全し、敬意を払い、保持しなければならない。
適切な補償と利益の配分を提供する。それは、先住民や地域社会の持つ遺伝資源に関連する伝統的知識にアクセスし利用したという認識に対応したものである。
先住民・地域社会が開発した遺伝資源に関連した伝統的知識を規制する慣習法と地域社会の風習とそのやり方に対し、十分認識し、尊重し、従わなければならない。
MATを交渉する時、遺伝資源または遺伝資源に関連する伝統的知識の利用から生じるアクセスと利益配分に関するあらゆるモデル契約条項の内容を十分考慮することが必要である。
学術研究機関は生物の多様性に関する様々な研究を行っている。学術研究機関の行う生物の多様性に関する研究は先進的であり、多種多様であり、活発であり、多くの成果を生んでいる。その成果が、科学の進歩へ貢献しており、生物の多様性の保全に貢献している。
遺伝資源を持続的に利用研究し、成果を生み出し、その成果によって科学進歩に貢献し、社会に還元する活動を行う研究機関が、世界的な生物多様性の保全に対する重要な役割を認識し、役割遂行を表明することは、研究機関の社会的責任であると考えられる。
遺伝資源の利用研究は、生物多様性条約とその名古屋議定書という国際的なルールに則って行うことが求められている。遺伝資源利用研究の主体者である研究者が生物多様性条約とその名古屋議定書を遵守するのは当然であるが、研究者の活動に責任を持ち、それを保証することが研究機関の役割であると考えられる。
研究機関は、遺伝資源の利用研究者に対して、組織として環境保全・生物多様性・遺伝資源利用に対する明確な原則、方針を明らかにし、それを自主的に実行し、研究者を啓発・指導することが望ましい。
研究機関には研究者本人のみならず、多くの研究支援部門が機能している。組織内の研究部門と支援部門を統括し、組織全体としての統一した機能を持つことが必要と考えられる。生物多様性条約とその名古屋議定書の基本原則に則って、アクセスと利益配分に関する簡素で効率的な法的遵守の組織化を行うのが機関の社会的責任と考えられる。
多くの研究機関は海外研究機関と国際連携を推進しており、遺伝資源利用研究は国際連携活動の大きな部分を占めている。遺伝資源利用研究を活発化させるためには、連携先である提供国の信頼を得ることが重要である。生物多様性条約とその名古屋議定書を遵守することを提供国に表明することは、提供国の信頼を勝ち得る最良の方法である。また、国際連携は能力開発の側面もあるので、提供国に対する広い意味での利益配分と考えることができる。
機関内の研究者のアクセスと利益配分規則の不遵守による提供国の不信感は、研究者よりも所属する研究機関に向けられる場合が多い。研究機関の責任体制を構築し、リスク管理を徹底し、海外連携を積極的に取り組むことが、研究機関の社会的責任である。
遺伝資源研究は国際化している。研究成果は学会等で論文として発表されるが、その公開記録は永久保存され世界中で読むことが可能である。遺伝資源利用に関するアクセスと利益配分規則が欧州連合や多くの国際学会、保存機関等で整備されつつある。このような学会、保存機関の名古屋議定書に準拠したアクセスと利益配分規則を遵守することも研究機関として重要な役割であると考えられる。
遺伝資源利用研究を行う研究者が所属する研究機関では、研究機関として生物多様性について方針、原則を持つことが望ましい。機関全体として積極的に生物多様性研究に取り組み、研究者支援を行い、生物多様性研究の成果を社会に還元することが必要と考えられる。
遺伝資源利用を行う研究者が提供国と交渉する際、提供国側は研究者を単なる個人とみなさず、研究機関の代表者として扱うことは自然である。研究者に対して、所属する研究機関の生物多様性に対する考え方、取り組みについて説明を提供国が求めることがある。あるいは、研究機関の生物多様性に対する方針・原則を積極的に説明することは、研究機関に対する信頼感を提供国内で醸成する助けになる。研究機関への信頼が増大すれば、アクセスと利益配分交渉が加速すると考えられる。
研究機関が生物多様性条約とその名古屋議定書遵守という社会的責任を果たすために必要な取り組みを行うことが推奨される。研究機関の生物多様性条約とその名古屋議定書遵守の原則・宣言を確立することが最初の取り組みである。産業界では日本経済団体連合会生物多様性宣言4を2009年に発表しており、いくつかの企業でも生物多様性宣言あるいは行動規範、ガイドライン等を公表している。日本経済団体連合会の生物多様性宣言で重要なのは、生物多様性条約の目的である、「生物多様性の保全、生物資源の持続可能な利用、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」を目指す取り組み姿勢を表明していることである。
研究機関は、社会の一員としての社会的責任を果たすため、生物の多様性の保全を通じて環境保護の責任を担うことを示すことが必要である。研究機関は、生物多様性条約の目的である「生物多様性の保全、生物資源の持続可能な利用、遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」を目指した取り組みを行い、それを社会に示すことが求められている。
4 http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/026.html.
そこで、研究機関としての、生物多様性条約への取り組み姿勢を示すため、下記のような宣言を行うことを推奨する。
表2 研究機関の生物多様性宣言例
宣言
1
生物多様性に配慮した持続可能な生物資源の利用研究を推進します
2
蓄積した知識と技術を生物多様性保全に生かす取り組みを行います
3
生物資源に関連する関係者と連携・協力した取り組みを行います
4
遺伝資源に関する条約や法令を遵守します
機関としてこのような宣言を行うことにより、提供国からの信頼を得ることができるものと考えられ、遺伝資源へのアクセスと利益配分の交渉を促進する効果があることが期待される。
研究機関は、上記基本方針をより具体化し、実効性をもたせるため、機関としての取り組みを行う。
実施体制を作るための基礎資料として、遺伝資源の利用実態の把握を行う。研究機関で過去行われてきた実績と、現時点での遺伝資源利用研究の実体を把握できれば、今後対応するための範囲、方針、体制を予想すること可能となる。現状把握には、主に下記の項目を調査・記録する。
1. 遺伝資源利用研究の記録(少なくとも1993年(条約発効年)以降)
2. 遺伝資源入手時に交わした許可証、アクセスと利益配分に関する法的書類
3. 遺伝資源利用研究関連の留学生や派遣研究者の研究実態
遺伝資源利用原則を実施するための組織体制の整備を行う。今後、国際的な遺伝資源利用研究は、研究者個人の自由な研究活動ではなくなってくる。名古屋議定書が発効し、日本の国内措置が実施されれば、研究機関として組織的に取り組む必要性がさらに高まる。提供国は、研究者個人ではなく研究機関を注視している。研究者個人の自由な研究活動から研究組織の運営による研究活動への意識改革が必要である。
新たな組織体制を作り、専属の人員を配置することは予算的に難しい。現在設置されている組織、仕組みを利用し、実態に合わせ最少から開始することを推奨する。遺伝資源利用研究の実施件数が少なければ、担当者を任命し外部の専門家との連携で実施する。ただし、提供国との交渉は通常長引くので最少人数では対応が困難になる可能性がある。年間数十件となれば、専門に行う組織体を考えなければならない。
生物多様性条約関連では、カルタヘナ議定書に基づく日本のカルタヘナ法に従った遺伝子組換え生物に関する委員会組織が各々の研究機関に設置されている。遺伝子組換え委員会と同様な形式で遺伝資源利用委員会を設置することが実現性の高い方法であると思われる。あるいは合同の兼務委員会でもよい。動物実験管理委員会のような形式も考えられる。
遺伝資源利用研究を実践するためには多くの事務手続きが必要となるので、遺伝資源利用委員会の運営を確実に行うためには、機関事務部門と協力して、体制作りを行うことが望ましい。
遺伝資源利用委員会には、遺伝資源利用研究を促進するためのさまざまな機関内施策を立案し、実行していく。
遺伝資源利用方針の策定が必要である。研究機関の研究目的、遺伝資源利用研究状況を勘案し、研究機関としての生物多様性条約とその名古屋議定書遵守に対する考え方、原則などを作成する。
研究機関内に設置された遺伝資源利用委員会が、生物多様性条約に関する行動規範、ガイドライン等を整備する中心となる。遺伝資源利用委員会の長期的活動として、研究者に対する教育・啓蒙活動がある。遺伝資源利用に係わる機関内ルールの徹底を図ることを定期的に行うことが重要である。
次に、組織体としての遺伝資源利用委員会が発足すれば、その事務局スタッフが次のような業務を行う。
1. 提供国との遺伝資源アクセスに関連した研究支援業務
2. 提供国の許認可取得業務
3. 提供国との遺伝資源利用利益配分に関連した産学連携業務、知的財産業務
4. 遺伝資源利用に関する管理業務
5. 将来日本国内に名古屋議定書に基づく国内措置が制定されると、国内措置に対応する業務
現存の組織体制との関連からすると、研究支援、産学連携、知的財産、技術移転、素材移転契約管理などを行う部署がすでに上記業務の一部を行っているので、それらを有機的・機能的に結び付けることが必要となる。
研究活動に関係する研究推進、リサーチ・アドミニストレーター等の研究支援部門の役割は重要である。これらの研究支援部門は、研究内容を把握し、その成果を予測し、更に成果の公正で衡平な利益配分を目指す高い科学的見識と社会的倫理を求められる新しい役割と考えられる。
遺伝資源利用研究を研究者単独で実施することは困難であり、研究推進には支援が必要である。研究者から遺伝資源利用に関する情報を入手したら、対象となる提供国の生物多様性条約とその名古屋議定書の実施状況を調査する。具体的にはアクセスと利益配分に関する法制度の整備状況、許可及び契約の手続き方法などの情報を入手し、対応を考える。さらに他部門と協力して、許可・契約体制を整える。
その後、提供国との許可・契約交渉、相手研究機関との共同研究交渉等を実行する。それには、研究機関内の経験者の協力や、機関外の専門家、弁護士等との協力調整を構築する。
研究遂行の間には、定期的な提供国との情報交換や報告対応も必要となる。今後、名古屋議定書の発効により、利用国内での報告あるいは申告が求められるので、付随するアクセスと利益配分関連書類の保管は研究機関が行う。
知的財産権関係者も重要な役割を持つ。提供国の許可入手と契約実施には、利益配分部分の担当者として交渉参加することが必要になる。遺伝資源を利用する研究の成果管理にも注意する。
外部への成果発表前の情報を提供国に通知する。保存されている遺伝資源を管理し、第三者への分譲等の業務を行うこともある。提供国関係者と交わした契約に従って、利益配分の管理も行う。
遺伝資源利用の成果から生じた発明を特許出願する場合、その出所管理が重要である。特許出願を利益配分の一つとして提供国が要求する場合が多い。遺伝資源利用特許の取り扱い、特に利益配分について明確な方針を持ち、特許費用分担、共有特許、持分比率、ライセンスを適切に実施する。
特許は公開情報となり、特許調査NGOなどだれでも閲覧・検索可能になる。現在、特許出願に遺伝資源の出所情報の開示を求めている国は、欧州の一部、中国、インド、資源国と多くはないが、今後その国数は増加するものと予想される。遺伝資源利用特許に関する問題に対処するため、特許出願時に出所に関するすべてのデータを証拠として保管する。
遺伝資源利用研究に対する体制を確立し、実践している研究機関は少ない。新たに体制を作るためにも、ある程度の専門知識がないと困難である。
研究機関で中心となる専門家を育成するには、まず中心となる経験を持つ専門家チームを形成し、専門家育成フログラムを早期に実行することが効果的であると考える。また、現実の経験の中で行った解決策を共有化する仕組みを作る。
養成された専門家が研究機関内で、研究者、学生等への指導を行う。経験ある研究機関と連携して、情報交換を行う共同組織体を形成することによって専門性を高めることもできる。
遺伝資源利用研究で必要となる知識を定期的な教育活動の中で普及・啓発する。研究者の参加意欲を高めるために、資金申請時の専門家による講演会などが効果的である。あるいは、相談会等を随時行うことも考えられる。
大学院学生への研究倫理・リスク管理カリキュラムの一つとしてアクセスと利益配分教育を行うことは重要である。研究経験の若い段階から、アクセスと利益配分について基礎知識を身につけることにより、将来の研究生活で素直に実践することが可能になる。
研究機関は将来の人材を育てる教育機関でもある。遺伝資源利用研究に係る海外からの人材を育てることは社会的責任である。科学的思想のみならずそれを取り巻く法的・倫理的思想を教育することが求められる。
遺伝資源利用研究について、留学生・研修生に対して正規の教育カリキュラムを構築し、それを実践することが効果的である。
開発途上国からの留学生・研修生は、その国の中で遺伝資源利用研究に関するアクセスと利益配分について教育を受けていない場合が多い。
来日当初に遺伝資源利用研究のガイダンスを行うにあたり、環境問題、特に生物多様性問題に関心を持つ意識改革を行うことが可能になる。そのフログラムの中で、遺伝資源へのアクセスと利益配分について教育することにより、高い倫理感を持って研究を実行することができる。
学生が本国に帰国し、研究機関で研究者となった場合や政府関係者となった場合でも、正しい生物多様性条約とその名古屋議定書の原理・原則を認識し、遺伝資源利用研究が、提供国内で法的に正しく行われる。このことが、将来両国間の遺伝資源利用研究を促進する。
遺伝資源利用研究を多くの研究機関の共同研究フロジェクトとして行う場合、アクセスと利益配分の統括運営を行う組織体を作り、統一した運営を行うことが重要である。遺伝資源利用研究は、関連提供国内の研究機関や利用国内の関連研究者を含めた多組織間のフロジェクトとして運営される場合が多い。共同研究フロジェクトが利用国にある多数の国にまたがる場合も想定される。
共同研究フロジェクト内に設置される統括運営組織は利用国側と提供国側から形成されるため、合同ステアリング委員会あるいは問題処理委員会などを設立して、意思疎通と意思決定を行う仕組みを形成する。
共同研究フロジェクトに参加する場合、個々の研究者は、別々の研究組織に属しながら共同研究フロジェクトにも属するという状態になる。そのため。個々の研究機関の生物多様性条約関連規則の遵守方法に違いがあると混乱を生じる。このような場合は、生物多様性条約関連規則を遵守方法は、大学より共同研究フロジェクトを優先する方が合理的であり混乱が少ないと考えられる。
共同研究フロジェクトではグルーフとしてのまとまりが重要であり、統一した方法を取るほうが、混乱が少ないと考えられる。参加する研究者が所属する研究組織に対して、共同研究フロジェクトの生物多様性条約関連の規則遵守方法を説明し、納得してもらう。更に共同研究フロジェクト進行について報告する。
遺伝資源利用共同研究フロジェクト全体を統治する生物多様性条約関連の規則遵守の原則を確立する。遺伝資源利用研究を共同研究フロジェクトとして統一して行うためである。共同研究フロジェクトとしての統一した原則がなければ、共同研究フロジェクト全体の調和が保たれず、一部の遵守不履行が全体に大きな影響を及ぼす。
遺伝資源共同研究フロジェクト研究の場合、生物多様性条約関連規則の観点から、責任体制を確立する。包括的なアクセスと利益配分を決めている共同研究プロジェクトであっても、その運営責任者を決めておかなければ、種々の状況に迅速に対応し、提供国と円満な解決を図っていくことが困難になる。多くの場合、共同研究フロジェクトリーダーがその責務を担う。しかし、共同研究フロジェクト組織が大きくなり複雑になれば、フロジェクトリーダー個人では運営は困難であり、ステアリング委員会など助言機関を形成して、リーダーを補佐する。
多くの場合、ステアリング委員会組織には資金提供機関の関係者、利用国政府関係者、提供国政府関係者が参加している場合が多い。これは、生物多様性条約関連の規則遵守を透明性高くするための工夫である。また、問題解決を迅速に行うためでもある。できれば、法的専門家のグルーフをアドバイザーとして持つことを推薦する。法的に解決が困難な場合のアドバイスをもらうためである。
共同研究フロジェクトの実行にあたって、遺伝資源のアクセスと利益配分の取り組みを統一する。特に重要なのは、遺伝資源の共同研究フロジェクト内あるいは共同研究フロジェクト外への遺伝資源の移転に関する取り決めである。明確な第三者移転がないと、遺伝資源が勝手に移動し、勝手に色々な目的で使われるという事態になりかねない。共同研究フロジェクト外部への移転は特に厳しく管理する必要がある。
利益配分に関するフロジェクト内規則の確立を図る。共同研究フロジェクト内で得られた成果をどのような形で管理するのか、共同研究フロジェクト外との連携で生まれた成果の取り扱いを明確にしておかなければ混乱が生じる。特に、論文発表に対する明確な規則は特に重要なので、出版委員会等を常設して管理する。
提供国への利益配分についても透明性が求められる。共同研究契約などの契約書で明確に記載し、詳細についてはステアリング委員会等で議論するのがよい。また、確実な利益配分を実施する。
遺伝資源へのアクセスと利益配分について共同研究フロジェクトの方針を決めるのは、共同研究フロジェクト資金提供機関との連携で行う。しばしば資金提供の条件の中に提供国への利益配分が条件として決められている場合がある。
資金提供機関に相談なく、提供国と勝手に利益配分を決めても実行できなくなると、共同研究フロジェクト自体が立ち行かなくなる。また、提供国の信頼も失うことにもなる。
共同研究フロジェクト研究へ研究者を参加させるかどうかを決める際に、参加者が遵守すべきアクセスと利益配分に関する原則を作り、参加する場合は誓約書を提出してもらう。米国国立衛生研究所が主宰する遺伝資源探索研究フロジェクトでは、共同研究フロジェクト資金提供承認の際に研究者が遵守宣誓書を提出することが原則となっている。
遺伝資源を利用する共同研究フロジェクトが組織されたとき、そのグルーフ全体が統一して遵守すべき原則を作成しなければ、共同研究フロジェクトチーム内での遺伝資源の取り扱いの考え方に温度差が生じ、共同研究フロジェクトがバラバラになる恐れがある。特に、提供国に対する研究者の態度に差ができると、提供国側に混乱を招く。この原則に同意しない場合は、共同研究フロジェクトへの参加が認められないとすることも考慮しなければならない。
特に、政府原資の共同研究フロジェクトにおいては、その国際性と公共性の観点からの原則を作成する。国際協調、国際連携を考慮した遺伝資源へのアクセス、第三者移転、公共資金における知的財産権の扱い、利益配分に関する考え方等についての原則を定める。
公的資金提供機関が提供する資金によって行われる研究フロジェクトに参加し、共同研究者となるためには、以下の原則を遵守して行動することを推奨する。
1.遺伝資源利用の共同フロジェクトは、参加研究者間の適切な契約を通じて実行される。契約はすべての協力機関、研究者の間で行う。共同研究フロジェクト内外の利害調整を行う独立したアドバイザー機関あるいは合同委員会を持つ。
2.提供国や提供者との間の契約で定める場合を除き、遺伝資源利用フロジェクトで取得された標本そのものとそれに関連する情報は、提供国の所有物であり、取得状態にあるものを特許化することができない。
3.研究した成果は特許化できる可能性があるが、あらかじめ提供者との間で合意を得る。公的原資で成した遺伝資源利用によって生じた発明は、研究者や大学などの研究機関が権利を有することができる。特許権の所在は契約により特定される。
4.すべての遺伝資源利用研究フロジェクトの参加者は研究のパートナーとすることができる。提供国の関係者や地域社会も参加者である。
5.共同研究フロジェクトに参加している参加者の元の研究機関で知的財産権の取り扱いが異なる場合がある。共同研究フロジェクトの中で、機関間の調整をあらかじめ行い、共同研究契約に明記する。
6.特許化できない新規アッセイシステムや伝統的な薬用技術などの貴重な知識は、ノウハウ保護等の代替の保護方法をあらかじめ考案する。
1.遺伝資源を利用する共同研究フロジェクトの目標は、生物多様性豊かな生態系の持続と持続可能な利用を目指したモデルを開発することである。
2.生化学化合物、遺伝子、野生資源、栽培資源などの研究、利用に関する生物多様性条約とその名古屋議定書、および提供国の関連する国内法令やガイドライン等を、契約締結、研究実施、利益配分の際に厳しく遵守する。
3.EU規則のように利用国内で名古屋議定書に関連する国内措置制度がある場合、その規制を遵守し、活動を報告する。
4.遺伝資源を利用する共同研究フロジェクトの活動は、国際法の求める最低限の法的基準とともに、資金提供機関、学会や保存施設などが定めた行動規範およびその他の規範も遵守する。
1.遺伝資源の取得を実施する前に、提供国の政府当局や関係する組織に、計画の早い段階で、正式に、研究計画が適切かどうか綿密に相談する。
2.提供国政府の中で、事前の情報に基づく同意(許可)の手続きに明確な規制を持っていないところでは、金銭的利益を生まない非営利目的の基礎研究と、金銭的利益を生む可能性のある営利目的の研究とを区別したアフローチをとる。主に論文発表等の非金銭的利益を意図した研究は、基礎的な研究として特別の考慮5を与えるよう交渉することが望ましい。
3.特許出願を予定するか、商業的活動を行う計画・意図がある場合、基礎研究は、直ちに営利的研究領域に入り契約を変更することを前提とする交渉をする。その場合、提供国法令の基本に従い、必要な商業開発を含む認可を取るか、契約変更する約束をする。
4.研究情報の開示と政府許可取得のフロセスは、できる限り、正式で、包括的で、適切で、誠意を持って行う。先住民や地域社会との書面による契約は、研究目的や方法をだれにでも理解できる方法で説明し、完全理解に基づいた上で行う。
5.研究者による、関係当局、利害関係者への説明は、それらが受けるべき利益のタイフ、量、可能性、コストとリスクについてできるだけ現実性を持って行う。協力や情報を提供してくれる個人・地域社会との協力契約は、可能ならば地域社会レベルで慣習とされている適切な契約に基づくのが望ましい。
5名古屋議定書第8条(a)
1.遺伝資源利用フロジェクトから発生する利益について、公的資金提供機関がその配分に関する方針をあらかじめ作ることができ、共同フロジェクト立案の際に原則として、参加研究者に提示する。
2.製品等の商業利用から出てくる金銭的あるいはその他の非金銭的な利益の公正で衡平な配分先は、関係や製品に貢献したすべての関係者でなければならない。すなわち、遺伝資源利用フロジェクトのメンバー研究者や研究機関、有用な伝統的知識を提供する地域住民あるいは先住民の人々も含む。
3.利益配分の受益者の選択は、遺伝資源利用フロジェクトの目的と地域社会あるいは国際的な法規と習慣を考慮して正しく行う。特に生物多様性条約及びその名古屋議定書の精神に基づくことが重要である。
4.地域社会のニーズや協力者の提供物に応じて利益配分を決める。たとえば、地域社会が管理する信託基金は、単一の個人や機関に対する現金の支払いよりも生物多様性の保全などを維持するのに効果的であることが経験上よく知られている。
1.研究結果には、出版等を通じた情報公開という基本的な科学原則と、潜在的な商業的価値を持つ情報や特許情報などの秘密保持に必要な情報などが相反することを考慮する。情報の秘密性と公共性について、利益の受益者である先住民や地域社会と、利益提供者である商業パートナーの要求の間に、潜在的な相反する摩擦がある。商業利用には少なくとも一時的な秘密性を必要とするが、先住民や地域社会を含む遺伝資源利用フロジェクト関係者の利益を害する範囲以上に、研究成果の公開を差し控えることがないよう強く奨励する。
2.遺伝資源利用フロジェクト参加機関の間での情報共有は、継続的かつ定期的に行う。また、情報共有は、関係者の所有権に対する懸念を認識しつつ、研究効率とパートナーシッフの観点から、公正な精神を持って行う。
3.研究成果の論文発表等の公開については、出版委員会等の情報共有制度をフロジェクト内に設置し、公開の決定を公正かつ衡平に行えるようにする。
遺伝資源利用研究者の自己遵守
実際に遺伝資源利用研究を行う利用研究者に対する自己責任による自己遵守(EU規則第4条にいうduediligence6)のあり方について考え方を示す。生物多様性条約の基本、ボン・ガイドライン、名古屋議定書、提供国の国内法令などの定められた規則を理解し、それらを研究者の自己責任のもとで自主的に遵守するための基本的な考え方、取り組み姿勢を示している。
生物多様性条約やその名古屋議定書は自己遵守のための基本部分のみ決められているだけである。個々の研究者が自身の遺伝資源利用研究に必要な規則がすべて網羅されているわけではない。規則の多くの部分について、生物多様性条約やその名古屋議定書の原則を基に、自分の責任において規則の原則を解釈し、自分の責任で遵守することが基本的な考え方になる。たとえば、遺伝資源や派生物に関する定義・範囲は大枠しか与えられておらず、研究者の利用するものがこの定義・範囲に入るかどうかは自分で判断しなければならない。自己が行った判断に対して、責任をもつことが基本的姿勢といえる。
提供国の国内法令に従うのが生物多様性条約とその名古屋議定書の基本原則であるが、提供国の多くはいまだに明確な国内法令を定めていない。このような状況では、研究者は自己責任で自己遵守を基本に、提供国と交渉しながら進めることになる。
このガイダンスでは、提供国の遺伝資源へのアクセスと利益配分のあり方について考え方を提供している。提供国のアクセスと利益配分制度は国によって異なるため、それぞれの状況に対する対応を細かく網羅するのは困難である。そこでここでは基本的な取り組みと考え方を取り上げる。この基本的取り組みを基に自己責任で自己遵守することを推奨する。問題が生じた場合このガイダンスに立ち返ることが必要と考える。
本ガイダンスを参考にして、アクセスと利益配分に関する規則の遵守を確実に行うことにより、研究成果を法的に確実なものにすることができる。その結果、科学的知識の累積に貢献し、生物多様性条約の目的である生物の多様性の保全と持続可能な利用の達成に寄与し、研究者としての社会的責任を果たすことが可能になる。
6 REGULATION (EU) No 511/2014 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL, Article 4 Obligations of users, 1.
1992年にリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)において、「気候変動枠組条約」とともに、「生物多様性条約」(以下CBD)が採択され、1993年12月に発効した。生物多様性条約の基本は、生物資源に主権的権利が認められたことである。生物多様性条約には次の三つの目的が掲げられている。
・ 生物の多様性の保全
・ その構成要素の持続可能な利用
・ 遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分
生物の多様性の保全や、その要素の持続可能な利用には、基礎的な学術研究がなければ達成することは困難である。学術研究では、生物多様性条約ができる前から、研究活動を通じて積極的に生物の多様性の保全や持続可能な利用を行っており、その多くの成果が環境と社会に貢献している。このような学術研究を促進しなければ、生物の多様性の保全を推進することは難しい。
生物多様性条約の基本原則は、生物資源に対する主権的権利が認められたことであるので、生物資源に包含される遺伝資源へのアクセスには、基本的に遺伝資源を有する国の許可が必要である。また、遺伝資源へのアクセスには、相互に合意する条件に従い、何らかの法的契約を結ぶことが求められている。遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分が契約によって確保されることも必須の要件である。
生物多様性条約とその名古屋議定書は法的拘束力を持った国際条約であり、加盟国には法的順守義務がある。つまり、遺伝資源の利用研究を行う加盟国の研究者は、遺伝資源へのアクセスとその利用から生ずる利益の配分を行う社会的な義務と責任を負っていることになる。
遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分を明確にしたのが、2010年10月に生物多様性条約加盟国が合意した名古屋議定書である。名古屋議定書
は2014年10月12日に発効している。名古屋議定書では、遺伝資源の利益配分のみならず伝統的知識の利益配分に関する規則も定められている。
科学進歩は目覚ましい。1992年生物多様性条約を議論していたころのバイオテクノロジーと現在のそれとは異なり、多くの新たな発見に基づく技術開発がなされている。1992年当時合意された生物多様性条約の定義・範囲に当てはまらない遺伝資源も出てきている。また、1992年当時合意された定義・範囲はあまりにもシンフルであり、あいまいなものになっており、概念的にも当てはまらない場合が多い。例えば近年発達している合成生物学などがその例である。
しかし、1992年当時の古い定義・範囲に入らないから、アクセスと利益配分規則に従わなくてもよいと考えるのは、生物多様性条約の精神・目的に反することであり、科学者としての社会的責任を果たしているとは考えにくい。生物多様性条約の目的と原則を、研究者自身の利用する遺伝資源に投影して、その上で研究者自身の判断によって定義・範囲を決めるのが本来の姿であると考える。研究者自身が利用する遺伝資源を最もよく理解し、研究の成果を最も正確に予想することができるので、その将来像から定義・範囲を判断するのがよい。
生物多様性条約では、生物資源とは、「現に利用され若しくは将来利用されることがある又は人類にとって現実の若しくは潜在的な価値を有する遺伝資源、生物又はその部分、個体群その他生態系の生物学的な構成要素を含む7」と規定されている。また、遺伝資源とは、「遺伝機能の単位を有する、現実の又は潜在的な価値を有する遺伝素材である8」とされている。ここでいう遺伝素材とは、「遺伝の機能的な単位を有する植物、動物、微生物その他に由来する素材をいう」と定義されている。
遺伝資源の価値とは、商業的(あるいは金銭的)価値のみならず、科学的(あるいは非金銭的)価値も含まれている。さらに、現実の価値のみならず、潜在的で将来価値を生み出すものも含む。
野生種、飼育種、栽培種、動物、植物、微生物、ウイルスその他を含み、含まれないと合意しているのはヒトの遺伝資源である。ただし、他の条約で規定している遺伝資源には生物多様性条約の効力は及ばない。
私有地に生息するか公有地に生息するかは問われない。対象となるのは、生息域内にある遺伝資源と、生息域外の保存施設にある遺伝資源の二種類に分類されている9。生息域外保存施設は、提供国内にある場合と利用国内にある場合が想定されるが、両者とも適用範囲内に入る。
注意を要するのは「派生物」の取り扱いである。「派生物」は名古屋議定書に「生物資源又は遺伝資源の遺伝的な発現又は代謝の結果として生ずる生化学的化合物」と規定されている10。生体内で生ずる生化学的化合物も含まれ、それを用いる研究開発も遺伝資源の利用の範囲に入る。一般的に派生物は、自然界に存在するものと共通認識は存在する。
しかし、その範囲はあいまいで、どこまで派生したら適用範囲に入らなくなるかは国際的に合意した見解はない。また、生体内で生ずる生化学的化合物を抽出して用いる場合は適用範囲に入るが、情報を基にinvitroで生産する場合や工業生産する場合は適用範囲に入らないかについては明確ではない。
提供国の関係者と契約交渉する際、派生物に関する議論を深めることが重要である。交渉にあたっては、理論的で合理的な派生物に関する考え方を持つ。派生物を遺伝資源の適用範囲に含める場合、どの程度までの派生物を含めるのか両者の間で明確になっていなければ後で混乱を生じる。この範囲を超える派生物を含める場合には両者で合意するしかない。
7生物多様性条約第2条
8生物多様性条約第2条
生物多様性条約で伝統的知識について記載がある11。名古屋議定書では、遺伝資源に関連する伝統的知識の規定がいくつかの条項にわたって定められている12。先住民あるいは地域社会の間での伝承、ノウハウ、スキル、技術革新、習慣、学習したものの中で遺伝資源に関連したものと一般的に考えられているが、その適用範囲については明確でなく、世界知的所有権機関(WIPO)で伝統的知識の定義、適用範囲について議論が続けられている。
定義、適用範囲に関する最近の議論では、遺伝資源に関連する伝統的知識をその伝播範囲によって三つに分類している。全く公開できない秘密情報、ある程度の範囲の先住民及び地域社会でのみ認識されている情報、誰でもアクセス可能になった公開情報である。名古屋議定書の適用範囲としなければならない伝統的知識は、ある程度の範囲の先住民及び地域社会でのみ認識されている情報であると認識されつつあるが、決定したわけではない。
以上のように定義について確定した考え方がないので、実際の研究活動において伝統的知識の適用範囲を特定することは容易でない。遺伝資源利用研究を行う対象の先住民あるいは地域社会との交渉の中で、対象となる遺伝資源に関連する伝統的知識が存在する場合は、どこまでその範囲とするのかを話し合うことが必要となる。交渉の場に、文化人類学者などの伝統的知識専門家の参加あるいは援助を求めることは重要である。
9生物多様性条約第15条第3項、名古屋議定書第6条第1項
10名古屋議定書第2条
11生物多様性条約第8条第j項
12名古屋議定書第7条、第12条
生物多様性条約第15条では、利用者の遵守義務事項として三つの考え方が導入されている。その具体的方法を示したのが、2002年に加盟国で合意したボン・ガイドライン13である。
名古屋議定書の特徴の一つとして、遺伝資源利用に関する利用国での国内措置が定められている。名古屋議定書の第15条第1項14において、「自国の管轄内で利用される遺伝資源に関し、取得の機会及び利益の配分に関する他の締約国の国内の法令又は規則に従い、事前の情報に基づく同意により取得されており、及び相互に合意する条件が設定されている」と規定されている。これは遺伝資源を利用するものが遵守すべき事項であると解釈される。
遺伝資源の利用者は、
1. 他の締約国の国内の法令又は規則に従うこと
2. 事前の情報に基づく同意を得ていること
3. 相互に合意する条件を設定すること
の要件を遵守することが条件である。名古屋議定書第15条は、利用国における規定を定めており、利用者がこの遵守条件を守らない場合には利用国でなんらかの国内措置を取られる。
提供国の国内法令又は規則を遵守することが、利用者にとって最も基本的な遺伝資源利用条件になる。国内法令又は規則は、国の特徴・政策によってそれぞれの国で少しずつ異なっている場合が多い。例えば、遺伝資源に関する規定というよりも生物資源に関する規定としている国が多い。生物多様性条約の基本原則と国内法令又は規則の間の考え方のギャッフをよく理解した上で、個別契約交渉でそのギャッフを埋める努力を行う。
13http://www.cbd.int/doc/publications/cbd-bonn-gdls-en.pdf
14名古屋議定書第15条「取得の機会及び利益の配分に関する国内の法令又は規則の遵守」第1項
遺伝資源利用研究を行うにあたり遺伝資源にアクセスするためには、提供国政府の権威ある当局から事前の情報に基づく同意(Prior Informed Consent: PIC と略記)を得る15。一般的に多くの提供国では、PICをアクセス許可と呼ぶ場合が多いので以下ではアクセス許可と呼ぶ。
遺伝資源へのアクセス許可を申請する利用研究者は、提供国政府内に設置された権限ある国内当局に、関連する研究計画等の必要情報を提供し、権限ある国内当局の許可を研究開始する前に得る。研究開始後に得ることは許されていない。
提供国の国内法令に基づき、さまざまな中間レベルで関与する利害関係者から事前の情報に基づく同意を求めなければならない場合も多い。名古屋議定書の第7条の規定に従い、遺伝資源に関連する伝統的知識を利用する場合は、必ず先住民あるいは地域社会からアクセス許可を取らなければならないし、参加も得なければならない。
アクセス許可申請に関する規定は、提供国の法令・ガイドライン等によって規定されている。そのような規定がない提供国に対しては、標準的なボン・ガイドラインに示された方法に従って申請する。以前に行われたアクセス許可情報を解析し、それを名古屋議定書に従って改良した方法をとることは有効である。また、提供国側に共同研究者を作り、その共同研究者を通じて当局と相談する方法も有効と考えられる。
生物多様性条約の第15条第5項の規定によると、別段の決定を行う国は事前の情報に基づく同意を必要としないとなっている。日本国政府は事前の情報に基づく同意を必要としないとしている16。したがって、日本の遺伝資源にアクセスする場合にはアクセス許可が必要ない。日本国起源の遺伝資源を海外に移転する際には、環境省の公開文書のコピーを添付することを薦める。
15生物多様性条約第15条第5項、ボン・ガイドライン24-40、名古屋議定書第6条、第7条
遺伝資源の提供関係者と相互に合意する条件(Mutual Agreed Term: MATと略記)に基づいて契約を結ぶ必要がある17。相互に合意する条件とは、利用者が遺伝資源を取得し、利用し、更に第三者へ移転する場合の条件を規定するものであり、遺伝資源の利用に関して法的な根拠を与える。
契約の種類は、研究計画の規模と複雑さによって大きく異なる。単なる研究素材を提供国から利用国に移転するだけなら、覚書、研究許可契約、素材移転契約が一般的である。提供国側研究者と共同研究を行う場合は、共同研究契約が必要である。
契約は当事者間の自由意志で行うことが原則である。しかし、両当事者の理解不足もあり、提供国が標準の契約書案を提示している場合も多い。その場合は、提供国の指示に従う。また、スイス科学アカデミーなどの団体が多数の標準契約書を用意している。これらの中から、自身の行う研究計画に最も適合していると考えられる標準契約書を選択することもある。当事者間での交渉が必要である。
提供国側の契約当事者が最も重要視する交渉事項は、次の三点であると予想される。
1. 遺伝資源には提供国の主権的権利が及ぶこと
2. 非金銭的利益と金銭的利益の配分
3. 研究報告義務
特に、遺伝資源に対する主権的権利について、利用国に入った遺伝資源にも及ぶとの考え方を提供国側が示し、利用国に入った遺伝資源の第三者移転あるいは新たな利用について規定を設けようとする提案をする場合がある。これらに対抗できる合理的な論理を持って交渉に臨む。
16http://www.env.go.jp/en/nature/biodiv/abs/index.html
17生物多様性条約第15条第4項、ボン・ガイドライン41-44、名古屋議定書第5条
提供国以外にある生息域外保存施設(例えば利用国の植物園、動物園、博物館、保存所など)から保存している遺伝資源を取得する場合、生息域外の保存施設の責任ある部署から事前の情報に基づく同意(PIC)と必要な素材移転契約(MAT)を入手する18。
商業保存物や個人保存物などからの取得であっても、付随する法的な書類を評価し、必要ならば、遺伝資源が適用法令とベストフラクティスに基づき入手したものであるかを確認する適切な対応を取ることを推奨する。もし、必要とされる法的書類が不足する場合は、改めて起源国の許可、契約を求める。
事前の情報に基づく同意(PIC)である提供国の事前許可と相互に合意する条件
(MAT)に基づく契約は、利用者が高い社会的責任感を持って自主的に遵守す
べきことである。提供国内で名古屋議定書の普及活動が活発になりつつあり、多くの提供国側の関係者あるいは一般人が利用者の行動を注視している。研究者は高い倫理性を持って行動する。
提供国の事前許可を取得するには、どのようにして遺伝資源を取得し、どのように利用するか詳細な説明が求められる。提供国の権威ある当局の事前許可を得た後でなければ遺伝資源へのアクセスを行ってはならない。提供国の事前許可に許可条件が付帯している場合があるので、もしあればその条件も遵守する。
遺伝資源に関連する伝統的知識を利用する場合は、先住民、地域社会の習慣、伝統、価値観、及び慣行を尊重する19。先住民や地域社会から伝統的知識利用の事前許可を得る。先住民、地域社会から情報を求められたら、利用者は関係者が理解できるように現地語で翻訳するなどして情報を提供し、説明する。
18生物多様性条約第15条第3項
遺伝資源とその派生物の利用は、それを取得した時のアクセスと利益配分契約条件に従って行う。定期的な報告を行うことによって、両者の考え方の隔たり、ずれを修正する。
利用研究では当初の目的と異なる意外な結果が得られて、計画にない別の方向に展開する場合がたびたび起こる。厳密には認められた目的とは異なるので、改めて権威ある当局の許可および関係者間の合意を取る。
研究途中で許可を求めていては研究の進捗が滞る。この問題を解決するには、提供国との間で合同の連絡会を常時設立しておくことを推奨する。この中で研究進捗を報告し、両者合意の上で契約を変更することがよい。その上で、当局と許可内容を事前相談する。しかし、重大な目的変更、特に非営利研究から営利研究への変更は、前もって当局と十分相談し、事前の許可を受ける。
法的に不安定な遺伝資源の利用は、できるだけ利用しないことが望ましい。法的に不安定な遺伝資源とは、利用研究の際に必要な提供国政府の許可あるいは当事者間の契約が不足している、あるいは不完全な状態にある遺伝資源をいう。非常に貴重な保存遺伝資源等どうしても利用しなければならない場合は、その遺伝資源を利用する場合のリスクとベネフィットを考える。
ベネフィットが勝ると考える場合には、遺伝資源の合法化方法を試みることを推奨する。合法化方法とは、保存している遺伝資源を列記し、提供国の権威ある当局に新たな許可を申し出ることである。許可を得るためには、提供国側に有利な契約を結ばなければならないと推測される。あるいは、同程度で代替えできる遺伝資源で合法的なものが他にないか検討する。
名古屋議定書では、遺伝資源の利用とは、遺伝資源の遺伝的又は生化学的な構成に関する研究及び開発を含むと定義されている20。従って遺伝資源利用研究から生ずる利益も公正かつ衡平な配分の対象となる21。
遺伝資源の利用研究から生ずる利益は、名古屋議定書附属書で金銭的利益と非金銭的利益に分類されている。利用研究には、非金銭的利益を生むと予想されているいわゆる非営利研究と、非金銭的利益と金銭的利益の両方を想定した営利研究がある。学術研究には、分類学研究のような非営利研究もあれば医薬品探索研究のような営利研究もある。
研究機関が行う非営利研究と考えられる利用研究では、非金銭的利益を重視して提供国と契約交渉する。非金銭的利益配分の項目は名古屋議定書附属書に記載されているので、その項目に沿った議論を行い、利用研究に特徴的な部分を付加する。金銭的利益が全く予想されない研究の場合は、提供国にそのことを明言する。
金銭的利益の可能性が少しでもある場合は、提供国の許可や関係者間の契約でその可能性について詳細に明記する。特に、特許出願の可能性がある場合は、特許出願の詳細を検討することが必要である。特許出願は、非営利研究から営利研究への転換点とみなされるからである。提供国の許可や関係者間の契約で金銭的利益に関する事項の変更は極めて困難であるので、慎重に対応する。
19名古屋議定書第12条第1項
非営利研究の成果として、提供国の生物多様性保全に貢献しうる具体的で、学術的な非金銭的利益を生む可能性が含まれている。具体的な非金銭的利益配分には、能力開発、技術移転、学術ネットワークや協力体制の構築などがある。利益配分の公正さと衡平さは、実際に利益配分を行った結果そのものについて後から判断される。したがって、実際の利益配分は、公正かつ衡平と信じうるものを選択することになる。
先住民や地域社会の社会的ニーズと協力者の供給する具体的な素材に見合うように利益配分を行う。非金銭的利益配分として、地域社会によって管理された共同研究フロジェクト管理委員会等に利益配分を行うことは、単一の個人や機関に配分するよりも生物多様性保全、健康や教育などの地域社会サービスをサポートするのに効果的な場合が多い。
現在行っている研究開発の継続をする場合、必要な材料の持続可能な提供先をどのようにするかは契約によって決める。関与する提供国や地域社会を、素材の起源となる入手先として優先することは利益配分の大きな柱であることを明示する。
金銭的利益は、関係者間で交わされた法的に有効な契約に従って配分する。利益配分は、関係する政府機関、先住民や地域社会、遺伝資源の保持者、所有者、管理者、保管人などの関連した権利保有者と、科学研究を行う遺伝資源の利用者や利用機関の間で行われる。提供国側の受益者を同定し、それらに公正で衡平な配分を行うことは困難である。
そこで公正性と衡平性を確保するため、提供国に信託基金等の利益配分組織を組織したり、提供国政府の生物多様性基金等を利用したりすることが推奨されている。提供国の関係者と契約交渉する際に、金銭的利益配分の具体的方法を議論する。
できれば、先住民や地域社会の保全の動機づけを提供するために、契約完了時点からの支払いや、訓練や、機器提供またはサービスなどを通じて、連携の早い段階で短期的金銭的利益配分を開始する。
20名古屋議定書第2条(c)
21生物多様性条約第15条第7項、名古屋議定書第5条
遺伝資源研究成果である技術の移転は、法的に透明性のある契約に基づいた方法で行う。提供者との契約において、利用者の成した研究成果や技術について、提供者への移転を促進する条項が定められている場合が多い。技術移転によって、提供者が自身の持つ遺伝資源や関係する伝統的知識に、新たな価値を付加できる能力を開発したり、強化したりすることが可能となる。
利用者が技術移転を行う場合には、提供者の必要性、能力の評価を行い、実効性のあるものにするため、提供者の技術基盤を考慮して、優先順位を付ける。過度の技術移転はむしろ宝の持ち腐れになりやすい。技術訓練の提供、汎用機器または定期サービスの供与のほうが実質的である。
利用者は、先住民や地域住民など提供国の利益関係者の要望に応じて、研究成果の報告書を現地語に翻訳して書面で定期的に提出することが望ましい。できれば、年に1回程度報告会を開催する。研究の進捗のみならず、第三者移転実績などの契約事項の報告も含まれる。研究活動の終了後には、現地にて、最終報告会等を開催する。
研究者は、提供者がアクセスできる研究成果の範囲について事前に合意を得ておく。研究によって創造したデータに提供者がアクセスして利用する場合は、自由アクセスか事前同意が必要なアクセスかをあらかじめ契約によって合意する。事前同意が必要な場合は、契約時にその方法を明確にする。
提供国の機関や共同研究者との間で交わされた契約で特別に定める場合を除き、取得された遺伝資源とそれに関連する伝統的知識には、提供国の主権的権利が及び、提供国の所有物と考えられている。取得した遺伝資源を第三者に分譲・寄託・移転する場合は、提供国の許可を改めて取得するのが原則である。
後続の研究者または機関(以下第三者という)の学術研究、訓練、教育・啓発、その他の非営利利用のために遺伝資源を移転する場合は、提供国関係者と契約を結んでいる利用者本人あるいは利用研究機関が、以下の条件を保障する場合に限り、提供国から許可されるよう交渉する。利用者本人あるいは利用研究機関が保障する条件とは、移転先の第三者が提供国との契約の規定を遵守し、第三者以降の移転先に同じ義務条件に基づいて遺伝資源を受け渡すことを第三者が約束する場合に限定されることである。
保存している遺伝資源を第三者に移転する場合、その遺伝資源に関する義務・制限情報をラベル等に標記するか、適切な参照方法を考案する。分類同定番号以外に、国際的に認められた遵守の証明書(IRCC)22番号(無い場合にはPIC番号、MAT番号)、GPSデータ、DNAバーコード等同定可能な番号などが検討されている。第三者への移転について、文書で記録し、保存し、提供国に報告する。また、第三者から更に移転される場合の追跡記録方法を考案する。
提供国以外の国の生息域外保存機関に、研究又は教育目的で保存遺伝資源を分譲・寄託・移転することは可能である。生息域外保存機関が、提供国との契約義務の継承を保証する場合に限られる。その際、保存遺伝資源に関する全ての法的な情報を提供する。また、生息域外保存機関は、遺伝資源を権限のない人物に移転することを防止する適切な予防措置を講ずる義務を負うことを保証する場合に限られる。
22名古屋議定書第17条第2項、第3項、第4項
研究機関組織内の研究支援組織として、研究企画、研究推進、リサーチ・アドミニストレーター、産学連携、知的財産などの組織が考えられる。遺伝資源を利用する多機関共同研究フロジェクトでは、研究支援あるいは法的支援グルーフあるいはアドバイザーグルーフをフロジェクト内に形成している例がみられ、これらが研究支援組織と考えられる。
本ガイダンスでは、研究支援組織の遺伝資源へのアクセスと利益配分に対する研究促進支援のあり方について述べている。
遺伝資源を利用する研究者は提供国と利用国の2つの規則を遵守する義務を負っている。1993年12月に発効した生物多様性条約には三つの目的が掲げられている。
・ 生物の多様性の保全
・ その要素の持続可能な利用
・ 遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分
生物多様性条約の基本は、生物資源はそれが存する国の主権的権利が及ぶことである。遺伝資源は提供国の統治下にあるので、アクセスには許可が必要であり、利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分が求められる。生物多様性条約は法的な拘束力を持った国際条約であり、加盟国には法的な遵守義務がある。日本は1993年5月に本条約に加盟している。遺伝資源の利用研究を行う日本国の研究者は、遺伝資源へのアクセスとその利用から生ずる利益の配分に社会的責任を負っており、1993年12月以来本条約を遵守するという義務がある。
生物多様性条約のアクセスと利益配分に関する規則を定めた名古屋議定書の第15条では、日本国で利用する遺伝資源について、提供国の事前同意を得ており、かつ、相互合意の契約を締結しているよう、日本国は適当、効果的で均衡のとれた立法上、行政上又は政策上の措置をとることになっている。これは利用遵守の措置といわれている。名古屋議定書第17条では、利用状況のモニタリング等のための措置として「チェックポイント」を指定し、遺伝資源の利用に関する情報の取得等を行うための措置をとることになっている。これを利用者監視の措置といわれている。
研究者が遺伝資源を取得して利用するためには、このように提供国と利用国の両方の規則を遵守することが求められている。遺伝資源利用研究を行うために、生物多様性条約及びその名古屋議定書の規則を遵守することは、研究者個人にとって負担が大きく研究活動に大きな影響を与える。遺伝資源を利用研究するためには、多くの利害関係者と関係を維持しなければならず、提供国によって定められた複雑な契約や規則の遵守を求められる。研究者個人では困難であり、遵守対応を正しく行うには研究支援組織の協力が必要である。
研究機関の研究支援組織は、研究を促進する使命を持っている。遺伝資源の利用研究は困難な状況に直面しており、研究者は重い負担を負う。このような状況にある研究者を鼓舞し、研究を促進できるのは研究支援組織である。
そのためには、研究支援組織は、遺伝資源利用研究のモチベーションアッフ活動を実施する。例えば、制度の啓発・普及等として、講演会、講習会を頻繁に開催し、情報を研究者に伝え、研究者の懸念を払拭する。更に研究機関内で、様々な情報発信システムを利用して、アッフデートしたアクセスと利益配分情報を伝える。例えば、研究機関内で実際の経験共有制度を作ることも有用である。
次に、研究支援組織は、積極的に法令・規則に従った遵守フロセスに関与し、課題解決を研究者と共同で取り組む。これらの活動を通じて研究者の信頼を得る。研究者との信頼関係を構築し、コミュニケーションを深めることにより、研究の実行上の課題にもいち早く対応できる。
遺伝資源を利用すれば、その活動全ての情報を記録し、全ての関連するデータを管理することが、法令・規則遵守の基礎となる。とりわけ提供国のアクセス許可に関する証拠書類、遺伝資源の採取情報、遺伝資源の利用情報、遺伝資源の保管情報、利用成果情報、保存遺伝資源の第三者移転情報等を整理し保管することは、遺伝資源利用者の法的地位の確実性を高めることになる。
名古屋議定書の日本国内措置ができると、遺伝資源の利用記録を記録・管理を行い、政府機関への報告を行うと考えられる研究支援組織の責務と活動は重要になる。
研究機関は、その社会的責任を果たし社会貢献する立場から、遺伝資源利用研究を促進し、それを行う研究者を支援し、かつ遺伝資源を巡る法的遵守を確実にするよう機関内の責任体制を整える。
これらの課題を実行するための中心的役割を果たすのが研究促進支援組織である。専門的な知識と経験を持っていることから、将来のあるべき理想的状態を想像できる。研究促進支援組織は率先して遺伝資源の利用研究のあり方、原則作成に向けた行動を起こすべきである。
アクセスと利益配分交渉に臨む際に、利用機関のアクセスと利益配分に関する原則を提供国側に説明することができれば、両者間の信頼関係を構築できる。研究組織として常に対応していることを示すことができれば、組織として提供国法令を遵守してくれるとの期待が醸成される。
アクセスと利益配分交渉を担当する組織は、研究機関の遺伝資源利用実態を把握することができ、更に実際の交渉経験が蓄積するようになるため、それらを反映した原則等を作成することが容易になる。
実践の場に必要となる、普及・啓発パンフレットや標準契約書案などの支援ツールキットの作成も研究促進支援組織の役割となる。
遺伝資源利用研究を法的に確実に行うためには、まず相互合意による契約を提供国の関係者と行う。利用研究者が提供国の当事者を特定する場合が多いが、契約交渉に臨む場合、当事者が法的に正しいことを確認する。フロジェクトなどでは多数の当事者が出現する場合が多いので、当事者の同定に注意する。
研究支援組織が行う業務として相互合意による契約を締結する。一般的に契約には多くの責任と義務が生じる。特に、利益配分の義務は研究者個人の裁量で判断できる範囲を超える場合が多い。利用研究の実行者だけでなく、関連する部門が協力して利益配分を見出す努力をする。研究支援組織が関連部門との調整を図り、総合的に利益配分を立案し、提供国側の当事者に提案する。
遺伝資源利用研究で用いる提供国の遺伝資源には、提供国の主権的権利が及んでいることを、交渉関係者が共通認識として持つ。提供国の持つ主権的権利を正しく理解し、そのうえで提供国の主張に耳を傾ける姿勢が必要であり、一方的に相手の主張を否定するような姿勢は取らない。提供国との交渉に臨む交渉関係者の中で、提供国の主権的権利の理解を共有し、チームワークを高め、意志統一を図る。
遺伝資源の提供者と利用者は、誠実に交渉を行うという意志を強く持たなければ交渉は成功しない。交渉を開始するにあたり、相互の信頼関係を構築することを最初に考える。更に、交渉は信頼関係に基づいて行い、WIN-WINの関係を築く。
もし、交渉で信頼関係が欠如していたら、交渉を成功させる確率は非常に低いものになるし、もし交渉に成功したとしても、得られる利益は少ない。提供国側に不満が残ったままでは、長い研究活動の中でいろいろ支障が起こる可能性が高く、結果的に利用研究が成功しない。
提供国法制度の遵守は必須である。約50か国がなんらかのアクセスと利益配分に関する制度を定めているといわれているが、詳細なガイドラインまで整った法制度を持つ国は限られている。多くの国では、大枠の制度はあるが、実体が伴わない場合が多く、政府の権威ある当局の判断に任されている場合が多い。明確な指針となる法規が整備されていないことが、アクセスと利益配分交渉の不安定さを生んでいる。
アクセスと利益配分交渉の不透明さ、認識不足は、提供国側の当事者の不安につながり、交渉に参加する意欲を減退させる。提供国政府との密接な連絡を通じて、提供国の遺伝資源へのアクセスと利益配分制度をまず十分に理解した上で、法的確実性を得るために必要な合意形成の交渉であることを、提供国側の当事者に認識してもらうよう辛抱強く努力する。
交渉自体は複雑である。アクセスと利益配分交渉に必要な最低限の知識を参加者全員で共有することが交渉に必要である。政府当局との交渉と先住民との交渉はそのやり方が異なるし、交渉経験の少ない研究者にとっては未知の世界である。少しでも疑問を生じた場合は徹底的に議論し、納得がいくまで先に進めるべきではない。できるだけ、合意の得られやすい項目から交渉を進め、合意が困難な部分は継続して議論する方法が有効である。
遺伝資源利用研究は、提供国側の研究者個人との間だけで行われる場合は少なく、提供国の多くの利害関係者と関係を維持しなければならない。例えば、ガイドや採取等に現地の人を雇用する場合、できるだけ衡平な契約を行う。そのための義務と責任が生じ、複雑な契約や規則の遵守を求められる。
生物多様性条約に定められた条項を誠実に遵守するためには、提供国の決められた権威ある当局(Competent National Authorities)から事前の情報に基づく同意を得る。すなわち遺伝資源にアクセスするためには、提供国政府機関の許可を得ることが必須である。提供国が権威ある当局を明確に指定していない場合、提供国の情報窓口(National Focal Point, NFP)23と相談の上、権限のある政府機関から許可を得る。
当事者間で相互に合意する条件に基づく契約を結ばなければならない。相互に合意する条件に基づく契約は、通常日本国内で行われている研究契約等と異なる。提供国側が指定する場合も多い。通常の研究契約に必要な法的義務条項は、標準契約を参照する。
生物多様性条約の基本原理は、提供国が生物資源に対して主権的権利を有していることである。遺伝資源にアクセスする場合には国の許可が必要で、生物多様性条約およびボン・ガイドライン、名古屋議定書で、遺伝資源の利用および研究に関して事前の情報に基づく同意(PIC)という規定がある24。
提供国の権限ある当局に、アクセス許可を申請する利用研究者は、関連する全ての計画情報を提供し、権限ある当局の認可を得ることが研究開始には必須である。また、提供国の国内法令に基づき、さまざまな中間レベルで関与する利害関係者、例えば土地所有者などに事前の情報に基づく同意を求めなければならない場合もある。
提供国政府でPIC手続きに明確な規則がない場合、ボン・ガイドラインで示されたPIC条項に従い、できるだけ標準となる周辺国で採用されている書式を参照して用いることが望ましい。主に学会発表を意図した研究活動は、非商用研究と考えられており、利益配分として学術的な価値を強調するのがよい。
先住民や地域社会から遺伝資源と関連する伝統的知識を取得し利用するには、関係者の同意が必要である。そのためには完全な情報開示と関連する人々の理解と任意の同意に基づくべきである。試料取得計画へ、地域社会や先住民社会の代表者を初期からパートナーとして参加させ、活動のモニターと情報交換の相手として重要な役割を持たせる仕組みを構築することも必要である。
先住民や地域社会への情報開示と同意取得のフロセスは、できる限り伝統的な形式で、習慣に基づいた公正かつ衡平で、適切な形で行うことが重要である。先住民や地域社会との書面による交渉を行い、研究計画の目標と方法の理解を得ることによって同意を得ることができる。
23https://absch.cbd.int/find
24生物多様性条約第15条第5項、ボン・ガイドライン24-40、名古屋議定書第6条、第7条
生物多様性条約およびボン・ガイドライン、名古屋議定書の基本原則である主権的権利に基づき、遺伝資源へのアクセスには提供者との相互に合意する条件の契約(MAT)25が必要である。相互に合意する条件とは、通常、遺伝資源の利用者と提供者の間で結ばれる契約という形をとる。しかし、制度が整備された提供国では標準形式の契約書を用いることが多い。相互に合意する条件とは、利用者の遺伝資源へのアクセスに関する条件と、さらにその利用から生じる利益の配分に関する条件が同時に話し合われる。
相互に合意する条件で合意される要素は、計画している研究の複雑さによって大きく異なり、単なる研究許可契約、物質移転契約から、複雑な共同研究契約まである。標準的な契約ひな形は多く発表されており、別冊にまとめてある。しかし、遺伝資源利用研究は多様であるので、標準契約がそのまま利用できるとは限らない。契約とは、将来の予想事態にどのように対処するかあらかじめ合意しておくためにあるので、あまり標準例文を引用することは推奨しない。適宜、変更して利用すべきである。
多くの合意事項の中で、重要なこととして遺伝資源の利用から生ずる利益の配分に関する合意がある。提供国が遺伝資源の提供と引き換えに利益配分、その中でも金銭的利益配分を要求するからである。MAT交渉では、利益配分に対する明確なポリシーと戦略を持って臨むことが必要である。遺伝資源利用研究の中には金銭的利益を生まない場合があるので、その場合は非金銭的利益について時間をかけて合意していくことが重要である。
先住民や地域社会の伝統的知識を利用する場合は、先住民や地域社会と相互合意に基づく契約が名古屋議定書に規定されている。利用研究を行う研究者による提供国関係者への研究内容の説明は、共同する地域社会や組織に生まれる利益のタイフ、量、可能性、コストとリスクについて、現地の言葉で行うなどできるだけわかりやすい方法がよい。協力や情報を提供する協力者との契約は、できる限り適切で平明なものにすることが推奨される。契約は現地語でなければならない。
遺伝資源に関連する伝統的知識を利用する場合は、先住民、地域社会の習慣、伝統、価値観、および慣行を尊重した契約でなければならない。そのため、利用者は、先住民、地域社会から情報を求められたら、提供者に応じた形態で情報を提供することが重要である。対象の先住民、地域社会に精通した専門家をアドバイザーに加えて交渉を円滑化する試みも必要である。
契約で最も重要なことは、最初のPICおよびMAT交渉で、できるだけ広い範囲で合意を目指したほうがよい。研究が計画通りに進まず、計画を変更する可能性が常にあるからである。計画変更が明らかになってから、再度交渉するのは時間がかかる。
交渉初期では、提供国側は、目的変更、第三者移転などを拒否することが多い。科学の基本である再現性から考えると、第三者移転できるように交渉することが重要である。多くの場合、目的変更や第三者移転には新たなPIC申請およびMAT作成を行うような条項に落ち着く場合もある。
先住民や地域社会の伝統的知識を利用する場合には、先住民や地域社会の参加を得て行うことが規定されている。参加の方法は当事者間の契約によって決めることができる。どのような参加方法があるか事前に当事者間で相談することが求められる。
25生物多様性条約第15条第4項、ボン・ガイドライン41-44、名古屋議定書第5条
非営利目的研究の成果として、計画にない予期せぬ結果が生まれ、営利開発に適していると考えられる場合がある。非営利目的で利用するという契約条件の下でアクセスし利用した遺伝資源や関連情報を、そのままで第三者である研究開発セクターに移転されるという事態は避けなければならない。
利用目的の転換は提供国が最も敏感に反応する条項なので、研究支援組織は最大の注意を持って交渉に臨むべきである。当事者間は研究者同士であるのであまり深い議論にはならないが、研究支援組織はビジネスモデルをあらかじめ構築して交渉に臨むことを勧める。
提供国政府の権威ある当局が契約をチェックする際の最重要項目となるのが利用目的の変更であるので、提供国側に少しでも不利と感じるならば、やり直しを命じる場合がある。金銭的利益配分を細かなガイドラインで規定する提供国があるので事前の調査が肝要である。
生物多様性データベース作りや生態学的研究のように営利目的の可能性が低く目的変更の余地がない場合、利用に対して管理を低くし契約自体を簡便にするよう提供国に要請することが望ましい。その代わりに、利用者の遵守状況のモニターとして、研究進捗状況の定期な報告を約束するように提案することを推奨する。
大抵の場合、営利目的への研究転換が全く起こらないとは言い切れない場合が多い。したがって、最初の契約交渉の際に非営利目的から営利目的への転換を交渉議題とすることを推奨する。
非営利目的から営利目的への転換の必要性が生じてから改めて契約を再交渉すると最初の契約に入れる方法は簡単であるが、複雑な問題が生じ、交渉が長期化する可能性が高い。
非営利目的の研究の成果の中にある程度の商用価値が予想できる場合、提供国側は当然より過分の利益配分を要求するかもしれない。また、利用国側の利益隠しとの疑いを提供国が持つ可能性もある。そのような場合、再交渉が難航し、両者の関係が悪化することも考慮すべきである。
生物多様性条約に従って入手した遺伝資源を、提供国以外の生息域外保存機関から直接あるいはいくつかの中間者を介して譲り受けあるいは借用して利用する場合、取得された資源提供国の権威ある当局あるいは生息域外保存機関を管理する機関から許可を得ることが原則である。
提供国以外の生息域外保存機関から遺伝資源を譲り受けあるいは借用する場合、必要となる遺伝資源について、保存機関が正式な資源提供国の許可及び契約を入手・保存していることを確認することが重要である。更に、譲り受ける側の利用がその許可及び契約の内容と一致しており、最初の条件を守ることを示す書類を生息域外保存機関に提出し、両者で確認することが必要である。
提供国以外の生息域外保存機関に保存している遺伝資源に、提供国の許可を示す書類がない遺伝資源の場合や、遺伝資源の入手経路が不明で確認が不可能な場合等許可情報がない場合、遺伝資源を最初に入手した国の権威ある当局から改めて許可を入手する必要がある。その場合、生息域外保存機関との許可取得方法について協議することを推奨する。
名古屋議定書では、遺伝資源を利用するとは研究及び開発のことを意味している26。生物多様性条約では、遺伝資源の研究および開発から生ずる利益は公正かつ衡平に配分すること27と規定されているので、利益の公正かつ衡平な配分の原則は、非営利の学術研究にも適用される。
学術研究は、通常金銭的利益を生むことは少ないが、提供国にとって価値となり得る具体的、科学的な利益を生む可能性が含まれている。ボン・ガイドラインの附属書に示されているように、学術研究の利益配分には、能力開発、技術移転、恒久的な学術ネットワークへの参加、研究協力体制の構築などが含まれる。公正さと衡平さは現実の利益配分の内容から判断される。
非営利研究の場合、入山料、サンフル収集料等の金銭的利益配分を研究開始時に支払わなければならない場合もあるので、注意が必要である。
非営利研究の場合、短期利益として教育活動、共同研究、実験機器の贈与、実験施設のインフラ整備などが考えられる。教育活動の例として、提供国地方大学等でのセミナ一開催、研究留学生教育・訓練制度の設立、提供国大学での教育カリキュラム提案などが考えられている。
能力開発の一環として、共同研究が最も効果的と考えられる。新技術の移転、現地での技術指導など、技術を提供国に定着させるための継続的な努力が必要となる。利益配分の中に、教育基金の設立などを入れる方法もある。
教育活動を行うにあたって資金提供機関の資金援助の可能性を考慮することも重要である。研究計画自体に提供国側関係者の教育に関する資金を組み込んでいない場合が多い。その場合、研究資金以外の資金確保を考慮しなければならない。
金銭的利益を得る可能性を考慮して交渉する場合には、ロイヤリティによる配分が一般的である。ロイヤリティ配分については、決まった配分率があるわけではなく、製品の種類、貢献度などさまざまな状況によって合意するしかない。最近、提供国では金銭的利益配分に関するガイドラインを定め、明確なロイヤリティ率を決めている場合もあるので、注意が必要である。
提供国内での金銭的利益の配分方法について当事者間で協議する必要がある。多く用いられている配分方法には、提供国内に信託基金などを設立し、そこへの利益配分を行い、フールした基金をそれぞれ提供国の利害関係者の合議で使い道を決定する方法である。こうした信託基金制度を用いることによって、公共性や公平性が保つことができる。
26名古屋議定書第2条(c)
27生物多様性条約第15条第7項
提供国の当事者との契約によって、利用者の持つ技術へのアクセスやその移転を促進する条件を決めることができる。それによって、提供者が、自身の持つ遺伝資源やそれに関連する伝統的知識に新たな価値を付加できる能力を開発したり、強化したりすることが可能となる。
利益は、当事者間の合意の上で交わされた公正で衡平な契約に従って配分される。利益配分を行う対象は、異なったレベルの政府機関、共同研究者、先住民や地域社会、遺伝資源の保持者、所有者、管理者、保管人などの関連した権益者と、非営利的な学術研究を行う遺伝資源の利用者の間でなされる。
利用者の持つ技術の移転には、提供者の必要性、優先順位、能力の自己評価を検討し、実効性のあるものにしなければならない。提供国の技術基盤、インフラを考慮しなければ、移転の効果が上がらない可能性がある。初期訓練の提供、機器またはサービスの供与など初期の利益配分を通じて、共同研究の早い段階での利益配分を開始することが望ましい。
技術移転は、関係者が理解できる透明性のある衡平な方法で行わなければならない。更に、利害関係者の異なる状況、必要性、能力を考慮し、遺伝資源や遺伝資源に関連する伝統的知識のさまざまなタイフや性質を考慮して行う必要がある。
地域社会のニーズや関係者の提供物に応じて利益を考慮する必要がある。過大な利益配分は逆効果を生む可能性がある。地域社会によって管理運営された信託基金は、個人や機関に対する現金の支払いよりも、環境保全、健康や教育等のサービス維持に効果的な場合がある。
非営利学術研究を行う研究者の大部分は公的研究資金に依存している。継続的な資金援助を得るために、研究成果の発表は重要なステッフで、タイムリーに行わなければならない。また、非営利学術研究を実施している研究者は、新しい知識を創造することを研究推進のモチベーションとしている。
非営利学術研究は、刊行物、フレゼンテーション、公共のアクセス可能なデータベース等を通じて公開することが基本となっている。これは自然科学の原則である再現性を担保するためである。
科学的な再現性確保のため、情報の公開と研究者間の研究材料の移転に対して、オーフンアクセスを確保することを規範としなければならない。アクセス制限を設けるべきではない。その公開情報は、新たな発見・発明、および更なる研究開発展開のきっかけに使うことは可能である。
遺伝資源利用非営利研究の成果の公開原則と知的財産権とを均衡させる方針を持つことが求められる。情報の秘密性と公共性について、利益の受益者である先住民や地域社会と利益の提供者である商業パートナーの間にある研究機関は、両者のバランスをとった方針を持ち、紛争が起こらないように対処していくことが重要である。そのためには、両方向のコミュニケーションが重要な手段であると考える。商業利用には少なくとも一時的な秘密性保持が求められるが、研究者をはじめ遺伝資源利用フロジェクトに関係する利益関係者の利益を害する範囲以上に、研究成果の公開を差し控えることがないように方策をとらなければならない。
非営利的な意図のみを持っている利用研究は、公開前に成果を提供国と共有することが望ましい。提供国が、情報が公開される前に遺伝資源の潜在的な商用価値を発見し、知的財産権として保護することができる機会を与えるためである。
研究結果の意図しない公開は、研究に関係する者のインセンティブを減じることになる。提供国当局や関係者が、研究成果を発表前に第三者に公開しないように適切な秘密保持契約を締結するのが望ましい。
出版に対する拒否や遅延する権利を提供国側に与えるような契約は、利用研究活動を抑制する可能性があるので、できるだけ避けるような契約にすべきと考える。研究者は、研究結果を発表する自由がないなら、共同研究フロジェクトに参加するのをためらうからである。
第三者に、取得した遺伝資源を直接提供する場合、通常素材移転契約が締結される。その中で、事前の情報に基づく同意と相互に合意する条件の合意が第三者によって遵守されるようにした素材移転契約を結ぶ必要がある。提供者と交わしたすべての契約条件をこの第三者に開示し、第三者の合意を得なければならない。また、第三者移転に関して文書で記録すると共に、第三者からの情報収集を行わなければならない。第三者移転や第三者の利用状況について、定期的に提供国側に報告することは義務である。
広く行われている分類学や博物学を中心とする生物多様性研究で得られた標本へのアクセスは簡便な方法とするよう提供国側と協議することを推奨する。分類学や博物学研究は、博物館、植物園、生息域外保存機関、その他の保存施設に保存された標本へのアクセスに依存しているからである。
保存施設への標本移転を計画している場合、この保存施設がオーフンアクセスであるかどうかを考慮する必要がある。提供国と非営利学術研究のための契約の中で、第三者の将来のアクセスと利用について許可されるべきかそうでないか、許可される場合オーフンアクセスの保存施設でもよいかどうかを提供国側関係者と契約を交渉する際に明らかにしておくことが大切である。
具体的に、非営利学術研究のための提供国との契約には、取得した遺伝資源の研究後の取り扱いについて、少なくとも以下の点を明記することを推奨する。
・ どの保存施設に遺伝資源が保存されるか?
・ 保存された遺伝資源にだれが管理権権限を保有するか?
・ 保存施設は、保存された遺伝資源を第三者にどのように移転許可するか?
・ 保存施設から遺伝資源を受領した第三者は更なる遺伝資源の配布を制限されるか?
・ 非営利か営利研究かの利用形態によって許可が変わるか?
・ 保存施設から第三者に移転許可された時、第三者に対して許可制限やそれ以後のアクセス制限について周知する必要があるか?
・ 当初契約の条項で許可されていない遺伝資源の利用について、提供国と直接新しいABS協定を交渉しなければならないか?
・ 保存施設から第三者に譲渡された遺伝資源の利用に関する情報を提供国に報告する義務
・ 第三者がABS契約条項に違反した場合の処置
提供国以外にある生息域外保存施設は生物多様性保全に重要な役割を持っている。保存施設は、遺伝資源の研究、維持・保存・管理、自然科学の普及啓発を主な目的としている。遺伝資源の研究分野では、系統学、生態学、保全学、遺伝学、形態学、生理学、ゲノム生物学、環境ゲノム生物学などがある。
研究の成果は、本、雑誌、データベース、インタネットなどの紙媒体あるいはオンラインで出版され、科学的知識として蓄積される。DNA配列のデータはGenBankなどの公共データベースへ寄託され、制限なく利用される。出版された研究成果のコピーは、関係機関に寄贈されるのが、科学分野の習慣である。科学コミュニティーがアクセス可能なように、収集された標本のデジタルイメージを学会誌等への公開も行う。
生息域外保存施設は遺伝資源を集積・保存しており、その維持・管理を行っている。保存している標本を、同定、データ再現、研究発展、教育目的に限って第三者の学術研究へ貸し出しを行っている。第三者への貸し出しには、非営利学術研究目的に限定した契約を締結する。
教育目的のために、他の研究機関や個々の研究者に対し、保存している生物遺伝資源を譲渡することがある。また、保存している生きた標本は、認可された特別のものによって繁殖させることができる。繁殖された標本は展示用にのみ利用される。
生息域外保存施設と生物多様性条約提供国以外にある生息域外保存施設が提供する遺伝資源は、生物多様性条約第15条第3項の「当該遺伝資源を獲得した締約国が提供するもの」に該当し、生
物多様性条約におけるアクセスと利益配分の実践に対して重要な役割を持っている。
生息域外保存施設は、その保管・管理・分譲制度を近代化し、生物多様性条約とその名古屋議定書に適応したシステムを確立することが求められている。そのため、保存している遺伝資源と生物多様性条約で求められているアクセスと
利益配分に関する記録を結び付け、更に第三者の利用に分譲するシステムの法的な透明化が必要である。
現実に、研究者が研究主題とする遺伝資源を国内外の保存施設から入手している場合が多い。研究者が法的に確実性のある遺伝資源を利用できるよう、国内の保存施設は高い社会的責任感と倫理性を持って、生物多様性条約遵守のための管理体制の近代化を図ることが急務である。
遺伝資源の受入、利用、分譲についてアクセスと利益配分の概念を導入し、高い遵守基準を保つことが望ましい。保有する遺伝資源の利用者への分譲について、生物多様性条約に適合した透明性のあるルールが必要である。保存施設に期待される非金銭的利益を明確にし、ベストな利益配分の在り方を明らかにすることが求められている。
生息域外保存施設が行う遺伝資源多様性関連研究の成果はほとんど非金銭的なものであると考えられている。非金銭的利益には、科学的訓練、教育および能力開発がある。その他に、適切な科学テーマでの共同研究、成果の相互利用、成果の公開がある。非金銭的利益であっても遺伝資源の提供国と公正で衡平な配分を行うことは必要である。非金銭的利益は、保存施設の目的に合致した透明性の高い方法で行う。
生息域外保存施設は基本的に非営利機関であり、遺伝資源の営利目的の活動には関与しない。遺伝資源の分類学研究の過程で、遺伝資源の商業価値を発見する場合がある。生物多様性条約発効以降名古屋議定書発効以前に収集し保存された遺伝資源は、提供国及び地域社会等伝統的知識保持者のPICなしに、商用化されることはない。商業化によって得られた利益は、可能な限り利益関係者と公正で衡平に配分する。
遺伝資源とそれに関連する伝統的知識にアクセスし利益配分するための生物多様性条約(CBD)、そのアクセスと利益配分を規定した名古屋議定書、および絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES)を遵守するための考え方を示す。ここでは欧米で確立された下記のガイドラインを参考に、名古屋議定書の新たな規則を加味したガイダンスを提案する。
国際植物園保存機関(Botanic Gardens Conservation International (BGCI))の遺伝資源へのアクセスと利益配分の原則(Principles on Access to Genetic Resources and Benefit-sharing for Participating Institutions)
国際植物交換ネットワーク(International Plant Exchange Network (IPEN))の生体植物の取得、維持、供給に関する植物園の行動規範(Code of Conduct for botanic gardens governing the acquisition, maintenance and
supply of living plant material)
生息域外保存施設で保有している遺伝資源を活用促進するために、保存施設は生物多様性条約とその名古屋議定書に対応した独自の遺伝資源保管管理に関する原則を設定するか、既存の原則を改良することが求められている。保存施設の原則とは、保存施設の活動に即したものであり、それぞれの活動について基本的な判断基準を与えるものである。
確立された原則は高い透明性を持ったものであり、広く公開・周知するものである。また、原則の実行を着実なものにし、さらに世界の保存施設と国際協調を図るために、協調性のあるものである。生物多様性条約及びその名古屋議定書のアクセスと利益配分に関する原則を考慮したものである。
アクセスと利益配分に関する保存施設の原則を確立するにあたり、1993年以降に入手した遺伝資源で提供国許可や当事者間の契約のないものの取り扱いについて、明確な取り扱いに関する原則を持ち、実行することを推奨する。分類学上貴重であるが提供国許可や当事者間の契約のない遺伝資源を他の保存施設に分譲する場合、両者間で合意の得られた方法を原則とする。提供国許可や当事者間の契約のない遺伝資源の分譲を受ける必要のある場合は、提供国から改めて許可を得る努力をすることを原則とする。
保存施設は、分類学研究に重要な標準標本を保存し、分類学研究者に標準標本を配布する使命がある。したがって、標準標本の取り扱いについて独自の基本原則を定めることが必要である。特に、1993年以降に作成された標準標本で、生物多様性条約の遵守について不明確なものについて、ベネフィットとリスク分析を行い、取り扱いに関して明確な原則を定める。
事前の情報に基づく同意(PIC)を提供国から自ら得るためには、どのようにして遺伝資源を取得し、利用するか詳細な研究計画を当局に説明する必要がある。また、提供国の直接的利害関係者の合意を得て、契約書を当局に提出することが求められる。
提供国以外の生息域外保存施設等から遺伝資源を交換・入手する場合、生息域外保存施設等の責任ある部署から、必要な許可を得る必要がある。生息域外保存施設が国公立の生息域外保存施設であれ、商業収集保存施設であれ、個人収集保存施設であれ、当該遺伝資源が適用法令とベストフラクティスに基づき取得されたものであるかを確認する適切な調査を行い、証拠書類を入手し、その調査結果を保持する必要がある。
生息域外保存施設から遺伝資源を交換・入手する場合、許可あるいは契約により、交換・入手した遺伝資源を更に第三者へ交換・移転することが禁止されていれば、そのような遺伝資源を入手しない方がよい。第三者への移転が許可されているが、様々な制限が課されている場合は、できるだけそのような制限を解除する努力をすることが必要である。第三者移転の制限には次のような場合が考えられる。すなわち、提供国側が第三者移転に関する情報を事前に要求した場合や入手した遺伝資源の公共への公開が禁止されている場合などが想定できる。
保存施設自ら行う遺伝資源とその派生物の研究利用は、それを取得した時のアクセスと利益配分の条件の範囲内で行う。契約条件から逸脱して利用する場合は改めて契約するか、契約の改定を行う。
入手した遺伝資源の提供国の頭文字、同定番号、位置情報等を作成・記録し、データベース化し、追跡可能のようにラベル化する。その際、提供国と交わした許可及び契約書の同定番号等を付記し、保管している契約書類が同定できるようにする。
保存施設が研究活動を論文等で発表する場合、生物多様性条約及びその名古屋議定書遵守を論文等の中で明確にすることが理想的である。現実には、利用した遺伝資源について法令遵守が不明確な場合がある。その場合、できる限り遵守に向けた取り組みを行うことが望ましい。提供国の許可がない場合は、提供国と誠意ある話し合いを持ち、改めて許可を得る努力が必要と考えられる。研究成果の公表の条件を提供国側と合意している場合は、その合意条件に従った方法で行う。
遺伝資源の取得、遺伝資源やその派生物の供給に関する契約は書面にて行い、遺伝資源の取得、利用、供給、利益配分に関する条件を決定する。契約の変更がある場合は、速やかに提供国側当事者と協議して書面にて合意する。
遺伝資源とその派生物の利用から生じる利益は、公正かつ衡平に遺伝資源の提供国及び利益関係者に配分する。利益には、非金銭的なものと、商業化の場合の金銭的なものが含まれる。
保存施設が取得し保存している遺伝資源を第三者に貸し出し・分譲するときは、それを取得した時と同じ契約条件を受領者が約束した素材移転契約を結ぶ場合にのみ行う。遺伝資源の貸し出し・分譲には、提供国との利益配分に関する適切な契約を含む情報の移転を伴う。
保存施設が分類学研究目的のために遺伝資源を貸し出しや分譲する場合、その分譲請求は自動的に許可請求とみなし、貸し出し・分譲するということは、許可を取得したと同じ意味を持つ。貸し出し・分譲の際に取り交わされる移転証明書等が許可と契約書となる。
保存施設が保存する、生物多様性条約及びその名古屋議定書遵守が不明確な遺伝資源を第三者に貸し出し・分譲する場合は、自然科学の原則を勘案して取り扱いについて原則を定め、その原則に従って透明性のある方法を行う。貸し出し・分譲に伴うベネフィットとリスクを分析し、その結果を保存するとともに貸し出し・分譲先に連絡する。分譲する前に、分析結果を貸し出し・分譲先と合意し、素材移転契約に掲載する。
保存施設が取得し保存している遺伝資源を商業研究のために供給する場合は、利益配分を定めた「遺伝資源供給契約」を商業研究者である第三者と新たに契約する。この契約により、受領者は、生物多様性条約とその名古屋議定書を遵守し、最初に取得した時のアクセスと利益配分の条件に合意することを約束したものとみなす。
最初に取得した時の契約条件にない商業研究のような新たな利用が生じた場合、移転受領者が提供国から新しい許可を受けることになる。提供国から新しい許可を受領したという適切な証拠を得た後でなければ、遺伝資源を分譲することはできない。
保存施設から供給した遺伝資源から利益が生まれた場合、得られた利益の適切で衡平な配分を提供国と確実に行うことは、実際の利益を生んでいる受領者の責任である。保存施設は、利益配分が適正に行われているかどうか追跡調査を行う義務がある。
現存の遺伝資源管理体制に付け加え、生物多様性条約とその名古屋議定書遵守のための仕組みを加味した体制づくりを推奨する。すでに保存施設では、標本の受け入れ、研究、分譲などを管理する体制、制度はできており、それらを実施するためのガイドライン、標準素材移転契約なども整っていると思われる。したがって、これらの制度を生物多様性条約とその名古屋議定書遵守の観点から見直し、不足する部分を付加すれば可能であると考える。
最も管理しやすいのは、遺伝資源を保存施設に受け入れる際の管理がある。保存施設が遺伝資源を受け入れる条件を設定し、受け入れる場合に必要となる書類を提出させる方法がある。研究者が採取に出かける前に、渡航許可委員会のような組織が、その計画を遵守観点から検討し、許可を出す方法が考えられている。許可と契約が整っていない場合は、基本的に提供国で遺伝資源の採取を行うことはできないし移転もできないので、不都合な遺伝資源が生じることはない。
保存施設が、生物多様性条約とその名古屋議定書遵守のための専門家を育成することが重要である。規模が大きい保存施設では、委員会形式で行ってもよい。世界の保存施設が経験を共有し、共同でベストフラクティスを追及するなかで専門知識を磨くことが可能である。