海外から来る留学生や研究生の持ち込む遺伝資源は手続きが必要か?
生物多様性条約第 15 条第 5 項に「遺伝資源の取得の機会が与えられるためには、当該遺伝資源の提供国である締約国が別段の決定を行う場合を除くほか、事前の情報に基づく当該締約国の同意を必要とする。」と規定されている。各国の法令でも同様の規定が必ずあり、法令のない国では、生物多様性条約に従うことがアクセスの基本である。アクセスには、その遺伝資源の移動と利用があると考えられる。ただし、別段の決定を行っている国は別である。
ここでいう「事前の情報に基づく当該締約国の同意」は略して PIC と呼ばれて おり、法令のある国では、その国の国民は遵守する義務がある。ただしインド などはインド公民はアクセス許可の例外である。外国人規定のない国内法のある国の者であるならば、PIC を自分の国で取得することが求められる。外国人規定のあるインドなどでも、遺伝資源を国外に持ち出すためには、インド公民であっても国外移動用のPIC が必要になる。以上を考えると、どのような状況であれ、留学生(院生)は、PIC をその国の政府機関から事前に入手しなければ、日本への持ち出しは違法となる。PICをもらう政府機関は権威ある当局といい、管轄する遺伝資源により異なる場合が多い。教育科学技術を統括している省の場合も多い。
次に、日本の留学生指導機関あるいは指導教官は PIC がいらないのかどうかという問題がある。留学生(院生)がすべて一人で研究することは不可能であるため、指導する日本の教官は遺伝資源を直接利用する方にあたると考える。し たがって、指導教官も留学生(院生)の国から PIC を取得することが無難であるといえる。学会発表や特許出願で留学生(院生)と指導教官の名前が出た場合、 特に留学生(院生)が帰国して、自国の大学や学会で報告などをした場合、PIC がない場合にその国の政府機関から文句が出る場合がある。留学生の研究活動をモニターしている国では、論文調査などで違法行為に対する警告を行うこと もある。特に特許は世界中で公開されるため、問題になる機会が多いと考える。 入手した遺伝資源を利用するには、提供者との契約が必要である。生物多様性条約第15条第7 項に「締約国は、遺伝資源の研究及び開発の成果—-利用から 生ずる利益を当該遺伝資源の提供国である締約国と公正かつ衡平に配分するため、——立法上、行政上又は政策上の措置をとる。その配分は、相互に合意する条件で行う。」(一部省略)となっており、相互に合意する条件(MAT)が必要であり、その一般的な契約内容はボン・ガイドラインに記載されている。 もちろん各国の法令でも詳しい利益配分規定がある。各国によって利益配分規定が異なっているため、これ以上は分析は難しいが、もし国がわかれば、それについて調査することはできる。法令のない国では、権威ある当局が、生物多様性条約の範囲内で自分で決めることが多い。厳しい国もあれば、緩い国もあるが、各国とも自国の利益を最大限にすることに固執しているため、妥協を見出すことは相当困難になる。
留学生(院生)が持ち込む場合、誰と誰がMATを結ぶのかということが問題になるが、交渉相手側の留学生(院生)が持ち込む遺伝資源の種類により異なる。 留学生(院生)が自分の土地で採集した遺伝資源なら、留学生(院生)がMATの交渉相手となる。次に、留学生(院生)が私有地や公有地などから集めた場合は、それぞれの代表者との交渉となる。一番厄介なのが、先住民や地域社会から入手した場合である。この場合、伝統的知識が関与する機会が多いので、 MATと同時に先ほど述べたPICを先住民社会や地域社会の代表者から入手しなければならない。一番可能性が高いのは、留学生(院生)が所属する大学等の保存試料を使う場合だが、この場合は留学生(院生)が所属する大学とMATを結ぶことになる。
日本で遺伝資源を利用することになるため、日本側の交渉当事者、責任者あるいは署名者は、大学の指導教官あるいは学部長あるいは学長となる。できるだけ権威を持たせるために、学部長が署名するのが適切と考える。
MATの中身にはいろいろ課題があるが、特に注意を要するのは利益配分で、特に論文発表、特許出願等の取り扱いになる。特許出願で、留学生(院生)を発明者にするのかどうかが大きな課題である。