地球上に生息する生物の種類は1200万種といわれています。その内研究がされているのが10%程度であります。人類の生存を支える穀類は、米、麦、とうもろこしが基本であり、この三種類で70億人を支えていることになります。それゆえに生物の多様性を研究することは人類の存続に不可欠な活動であるといえます。人類の存続のために生物の多様性を保全することは重要な取り組みであり、生物の多様性を保全するためには、多様性を構成する生物を探索し、研究し、それを知識化することをたゆまなく、根気強く続けていかなければなりません。 生物の多様性を知らなくて生物の多様性を保全することはできないと考えます。
人類存続のために、地球温暖化と生物多様性について地球規模で保全するために1992年地球サミットが開催され、気候変動枠組条約と生物多様性条約が生まれました。生物多様性条約は、生物の多様性を地球規模で保全することを目指して、3つの目的を掲げています。すなわち、1生物の多様性の保全、2その構成要素の持続可能な利用、3遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分です。生物の多様性の保全は、生物資源は世界共有の財産であるとの認識から生まれました。一方、生物多様性の持続的利用は資源国と利用国の経済格差が色濃く反映されています。遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分は、遺伝資源は保有する国の財産であり、国家的主権が及ぶとの考え方に基づいています。遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分の取り扱いについて条約成立後20年の間締約国間で検討がなされてきました。2002年にはボン・ガイドラインが制定され、利益配分のあり方が示されました。その後、2010年に名古屋議定書が議決され、利益配分の実行について強制力のあるメカニズムが示され、締約国内で国内措置を取ることが決められました。
遺伝資源を用いる学術研究は基本的に非商用研究です。学術研究は科学技術の進歩への貢献を目的としており、学術研究の成果をそのまま販売し利益を得ることは、特殊な研究試薬などを除いてほとんどないといえます。学術研究で得られた成果を商用研究開発し、製品あるいは新技術として販売しなければ金銭利益は得られません。したがって、学術研究から得られる成果を利益と考えたとき、金銭的な利益は直ちに望むことは難しいものです。そのため、学術研究の成果から得られる利益は非金銭的な利益と考えられ、間接的であるというのが一般的な認識です。非金銭的な利益として、研究成果の学会等での公開、データベース等への登録が主たるものであり、その他に、研究者あるいは技術者の教育や技術移転などがあります。学術研究のもう一つの特徴は国際的であり、国の規制を越える点です。学会等は国の範囲を越えて国際的であります。国際的組織である国際学会は学会の自主的な運営がなされており、学会員はさまざまな学会の規則に従うことが求められています。遺伝資源を取り扱う学会では、遺伝資源に対する規範やガイドラインを制定していることが多く、その中で発表論文を第三者検証したり論文方法を使って発展研究をしたりするために、研究材料である遺伝資源の自由提供を求める学会もあります。つまり、学会では遺伝資源は自由に国際移動をすることが原則となっているのです。
遺伝資源の学術研究は広く日本国内の大学や研究機関で行われています。また国際共同研究として国境を越えて各国の大学や研究機関を巻き込んで大規模に行われていることも多くあります。生物多様性条約の考え方が不明確で不安定な部分があり、各国の国内法に依存する部分が多いため、国の政策や方針によって生物多様性条約の遵守の取り組み方が異なります。しかし、遺伝資源の学術研究に従事している研究者が遺伝資源の取り扱い、特に生物多様性条約に基づいたアクセスと利益配分についての理解をアップデートしているとは言い難く、また、学会等で経験を共有し、アップデートするような取り組みも組織的になされていないようです。その結果、遺伝資源を扱う研究者は、遺伝資源の取り扱いに対する不安感を持ち、研究活動を方針変換あるいは縮小することも見られます。遺伝資源を扱う学会でも特に対策を取っているわけではないようです。